夫の本音を知るには
私は一生をかけて、誤解をしていた事があります。
実は 結婚とは、と考えた時に夫婦は結婚生活が長くなればなるほど、気を遣わずに会話をし、言葉選びなどより
心が通じ合える会話が出来ると思っていました。
例えば、就職をして、社会の風に慣れて、大人になってからの結婚なら、夫も妻もそれぞれが大人同士の結婚となります。
これは、ある意味、社会の構図とか、大人の男性像を知ってからの結婚ですから、ある意味、男性に対する尊敬の念や
社会的な上下関係も理解できたと思います。
しかし若くして結婚した私は、年齢が一つ違いという事で、友達の延長戦の夫婦の様でした。
元夫も、それまではアルバイトしかしたことがなく、結婚して初めて就職をしたという若いカップルでしたので、結婚とは何か、とか、結婚にあこがれるとか、こんな夫婦を手本にという目指す夫婦もおらず、とにかく何もかもが初めての手探りでした。
特に若い私は、夫と共に歩む事は 夫と対等に・・・という風に考えていたので、何かと夫とフラットな関係つくりをするにあたり、上も下もなく、夫婦共々「しっかりしなくちゃ」というのが、考えの中心になっていました。
だから、タメ口と言う訳ではありませんが、思った事は何でも述べて、夫を立てるという奥ゆかしい妻よりも、何でも言い合える夫婦が良いと考えていました。
何故なら 元夫は結婚と同時に正社員になり、働いてくれたのですが、そこは私も同じ。
だから、そこでは男性に対する尊敬の念とかも特になく、敷居の無い会話を楽しんでいるつもりでした。
でも、それから年月が経ち、今、こうして思うと、何故、こんなコロナのご時世に、人が群れたいのは分かりますが、
特に夜の街に人が繰り出すのは何を求めてなのでしょうか。
コロナ自粛の際、特に控えて欲しいと小池都知事が、口を酸っぱくして言ったのは、キャバレーやホストクラブ、もう少し庶民的になるとキャバクラなどです。
要は、密な接客業務です。
どうしてこんなリスクの高い危険を冒してまで、遊びに出るのは、ざっくりした言い方ですがヨイショされたいのです。
私も昔、食べ物屋さんをしていたころ、京都の祇園でお店をしていたママさんから多くの事を教わりました。
「どんな男性も、いくつになっても男性は褒められたい生き物だ」と。
もちろん、ワザとけなす事はしませんが、時には親しさの表れのように、相手をくさして、いじっているけれど、それが言えるほど、親しいのだという感覚を持っていた私は驚きでした。
元夫は、若くして出世もし、それなりに頑張ってくれていましたが、企業の中で、人とぶつかる事も多かったようで、
よく帰宅して、会社の問題を私に愚痴っていました。
そんな時、私は元夫の欠点を指摘し、元夫の我慢が足りないという風な、今にして思うと、ずいぶん上から目線だったように思います。
でも、当時の私は、元夫が自分では気づかない点に、妻ならではの見えている物を、夫に告げ、何なら性格的な事までダメ出しして、事態の改善策を伝えてました。
悪意はないとは言え、元夫にすれば「お前がどこまで分かっているのだ」と思っていたはずです。
そんな頃にうんと年下の女性の存在が発覚するのですが、恐らく、男性は年下の女性なら、自分を頼りにしてくれるし、
尊敬してくれるし、何か上司としていい仕事をしたら、大げさなくらい、褒めたたえてくれる仲間がいたら、いい気持になると思うのです。
その誉め言葉が真実かどうか、なんて関係ないのです。
褒めてくれるという事がいい関係を保てるのです。
それなのに、私は元夫に対してはダメ出しする事で、発奮してもらいたいと誤解をしていました。
ただ、真っ正直な私は思った事を、そのまま口にするという事が誠実なのだと思っていました。
毎日、生活を共にしている夫の短所は妻が知っているのはよくわかっています。
だから、余計に、そういう欠点が払しょくできない段階では、頭を切り替えて長所だけを見出して褒めるなんて事はしにくいのは分かります。
でも、家庭で妻に、仕事の事を少し愚痴ったら、ここぞとばかりに夫を責めると、夫は妻に対して「君は何様だ」と感じているのだと思います。
恐らく夫が仕事の事を段々家庭で話さなくなるのは、こういう事からだと思います。
私はおべんちゃらを言うのも苦手で、嘘が付けず、何でも真実の事をいうのが良いと考えていました。
でも その元祇園のママちゃんは、男性が来店してくれたら、必ず、褒めると言われていました。
褒める所が一つもない?どうしようもない男性なら、もうネクタイの柄を褒めると言われていました。
女性も容姿やファッションがパッとしない方には「肌」を褒めると言われていました。
これで気持ちがよくなるので、また来ようとなるのです。
私はそれが出来ませんでした。
また、夫婦には そんな、見え透いた嘘は見抜かれてしまうと考えていました。
でもね、今にして思うと、特別な事を言わなくても、感謝の念があれば、何か一つ、労う事は、出来たのじゃないかな、と思っています。
要するに 私は、嘘が言えないとか、おべんちゃらが言えないという事ではなく、元夫を心の底からは尊敬してなかったという気持ちが 言葉に現れていたという事なのです。
親しいから何を言ってもいいのではなく、親しいからこそ、その関係を続けたいからこそ、おべんちゃらを言うべきなのです。
それが真実かどうかより、夫を愛してやまない気持ちがあるなら、表現するには褒めるのが一番です。
日頃、夫に不満を持っていると、それは夫と仕事や子供の話をしていても、どこか、夫を責めるような言葉使いになります。
音にはならない貴女の不平不満が、何かと現れたとしたら、そんなのは、嫌味でしかありません。
男性はいくつになっても、褒めて育てる・・・・
子供にはできたのに、夫には出来ない褒めて育てる・・・・・
何故でしょうか?
大人だから?
一個の確立した大人と言ういうのなら、見下してもいけません。何故なら、大人だから。
だから、夫に対して言葉が鋭くなるなら、それは尊敬をしてないから。
人格的に、立派じゃない夫だから尊敬できないとか、家庭において、何も役割をしてくれないから尊敬出来ない。
だから、夫をくさす事しか言えないというのであれは、それは言葉の中に刃が顔を出します。
私の所に相談に来られる方は、夫と冷え切った関係であっても、別れたくないというのが、希望です。
でも、片や日常は、夫をくさすことばかりでいたと言われるので、ご主人も居心地は悪いでしょう。
そうです、貴女の言葉の中に鋭い刃を感じているので、嫌なのでしょう。
言葉は、言霊。
そこには貴女の気持ちが含まれていて、相手にはそれが伝わっています。
本音しか話せない妻は その前に、「貴男も頑張ってくれているね」とせめてそう言う言葉を添えて欲しいと思います。
夫には日頃不満しか言わず、それでいて、本音は別れたくないと心で思っていても、多分男性は鈍感ですから伝わりません。
その意味で、ちょっとくらい、嘘のお世辞が言えるくらいでちょうどいいのかもしれないのです。
では、今日はここまで。