後ろめたさ
今日のテーマは「知らない」は「嫌い」に近いという事です。
逆に言うと「知っている」は「好き」に近い感覚になるのです。
今朝、「ぼくらの時代」というテレビを見ていて、「そうだよなア」と感心した話を書きます。
漫才師のキングコングのコンビ、西野さんと梶原さん、そして、芥川作家の又吉さんの対談番組です
西野さんがまず、オンラインサロンと言うのを始めたり、絵本作家になったりと、漫才とは別の他方面で活躍をしだした頃
とても、反発を受け、嫌われたそうです。
世の中はSNSによって、色んな人が、色んな意見を発信する事が出来るようになったお陰で賛同も呼びやすい反面、アンチの意見も氾濫?しやすくなりました。
そんな中、どうしても一対、大勢となると、多勢の方の意見が通るというのは民主主義の仕方がないことです。
しかし、その人数が多いという事が正しいような印象を受けますが、人数が多いというのは、それだけ認知されているという事であり、
「知っている人が多い」という事に過ぎないのです。
では、認知されている事が正しいのかというと、そうとばかりは言えません。
その時代背景で、「それ」が一般的なだけで、正しいか間違いかという2択でもなさそうなのです。
人は、新しいものは嫌います。
知らない事は警戒します。
とかく、人は見慣れた物以外は、受け入れにくいのです。
でも、何でも物事は、登場するときは初めてなのです。
しかし月日を経て一般的になるとやっと認められるという道を辿りますが、それは認知されている道筋でもあるのです。
ただ、何故、嫌うのか?と言うと、自分では結局説明が付かない新しいものを敬遠する為には「嫌い」という感情が必要になります。
誰も、自分が知らないから嫌いとは言えないのですが、実は根底の感情は「知らない事は受け入れ難い」
この自分の感情的に受け入れがたい事は「聞いたことがない新しい事」だからです。
と、いう事で、何でも新説は、賛同されにくいものですが、それは説に反対する理論を持ち合わせていないだけで、内容に反対しているのではない、
何でも知らない世界は怖い・・・・・これに尽きるのだと思います
それを、私の相談業に置き換えて考えると、これまでの日本は、「男は浮気をするもの」「女は耐えるもの」という定説がありました。
その定説を守るには、家庭では波風立てずに、夫には逆らうな、という事が耐えるとされていました。
例え 夫に浮気をされても、妻は明るく、夫に逆らわず、という事しておけば、家庭は存続できると考えられてきました。
他所のカウンセリングでは、夫の浮気で夫婦関係が悪くなってしまった妻に対して、「いつも笑顔で、身奇麗にしておきなさい」と
アドバイスします。
妻が暗い顔をして、髪の毛も振り乱してたのでは、他の女性に夫を奪われますよ、というのが、教えだそうです。
だから、夫の浮気問題には、口出しせずに、妻が明るく元気に過ごしていたら、夫はいつか妻の元に帰ってくるという説だそうです。
私にすれば、明治時代か?と言いたくなります。
でも、これが定説だったので、女性の頭には、夫には逆らわないという手法が刷り込まれています。
これが、基本となっているから、私が夫を取り戻そうと云うと、「そんな事をしたら、夫がキレて益々夫婦の関係は悪化する」というのです。
そうです、旧説の「夫の浮気には抵抗をせず、妻は耐えろ」が、妻には脈々と息づいているからです。
ですから 浮気相手と別れさせるというようなことを云ったら、途端に場の空気が悪くなるのです。
そして、妻である女性は、新説には恐怖心を覚えます。
別れさせるって云ったって、その方法すら知らないから、知っている事の方が馴染みがいいのです。
これが「知らない」ことを「嫌う」理由です。
でもね、時代はドンドン進んでいるわけです。
夫の浮気に、耐えて偲んだのは、男が勢力をふるっていた、封建時代の名残です。
浮気をしても妻の元に戻ってくるって、誰が保障してくれるのでしょうか?
本当に戻ってくるなら、何故こんなに離婚が多いのでしょうか?
残念ながら 離婚で一番多い理由は、「性格の不一致」です。
でも、性格の不一致って、何が不一致なの?って感じです。
私のところに相談に来られる方は、夫の浮気に気付き、夫の帰宅時間や、お金の使い道に妻が言及し、喧嘩になる場合が殆ど。
残業と称し、深夜帰宅が続いたり、休日出勤と称し、休みの日も家を空けて子供達にも関心がない夫に、抗議して喧嘩になります。
夫は自分の浮気がばれるのを恐れ、妻をなじり、仕事だと云っているのに信じない妻を悪者にして、喧嘩が絶えなくなります。
これを世間では「性格の不一致」と呼びます。
そして考えが合わない事を「価値観の違い」と言います。
現代の離婚理由で最も多いのが、本当は浮気問題なのです。
ただ、そればかりではなく、その浮気問題でもめている事が、「考えの相違」と表現したりするから、「性格の不一致」と言うだけです。
色んな、機関が発表する統計には、こうした奥底に含まれる理由は、書かれていません。
性格の不一致が離婚理由で最も多いのではなく、浮気問題による考えの相違とするのだ、本当の離婚理由だと 私は考えています。
そこで、今日、私が書きたかったことは、旧説に拘っている、旧人類が多いという事です。
新説の知らない説は、旧人類にとっては、怖いのです。
何故なら、新説が正しいか、どうか、まだ立証されてないから、不安定さを感じると言うことです。
しかし、旧説が、そんなに正しいのか?という事も実は、根拠もないのです。
だから、耳に馴染んだ、旧説を信じておこうと言うことです。
では、夫の浮気に抵抗すると、夫婦仲が悪くなるのでしょうか?
逆に言うと、夫の浮気を黙認して、野放しにしておくことが 夫婦仲を存続させられる事になるでしょうか?
もっと云うと、妻の笑顔を、浮気している夫が、そんなに求めているのでしょうか?
私から言わせると、夫が浮気をしていても、居住まい正して、元気でいられる妻って、変じゃないですか?
夫からしても、夫が何をしていても、妻が明るく家庭を守り、変わらずにお洒落をしている妻に、一目置くのでしょうか?
そんな風に妻が変わらずにいると、益々、夫は「自分の存在価値は家庭にはないのか?」と安心して外に目が向く人だっているのではないでしょうか?
要するに、妻は夫の浮気に身を挺して、抗議していくなんて説はこれまでには、あまり無かったことなのです。
そんな事をする事は、知らない説だから、慣れておらず、怖いのです。
だから、知らない事は嫌いという感情にどこかで、繋がってしまうのです。
妻がいつも家庭で明るくしていたら、夫が浮気を止めるものではありません。
妻の美醜が、夫を浮気に走らせる事でもありませんし、身奇麗にしたからとて、妻より若い浮気相手には負けます。
そんな事ではないのです。
でも他方のカウンセラーは、浮気問題には、疎いので浮気をする男の心理を知らないのです。
だから「され側」の妻に対してだけ働きかけをするのです。
妻が変われば、妻が耐えれば、妻が家庭を整理整頓していてれば・・・・・・
そう、妻が、妻が、と妻が耐えることばかりを強要するのは、そのカウンセラーだって「旧説」の信者なのです。
どこまで 妻が耐えれば、夫はわかってくれるのかしら?
いや、もっと言えば、妻が身奇麗に、忍耐強く、夫の大好物の夕飯を作って待っていると、浮気相手と別れて妻の元に帰ってきてくれたという例が、どれほどあるのでしょうか?
私はこの仕事を、20数年やっておりますが、そんな事で浮気を止めた夫なんて見たことがありません。
時々、浮気相手と別れて妻に反省の弁を述べる夫はいますが、それは、恐らく妻の忍耐力が生んだ事ではなく、元々夫の素直なないん厳正が、浮気を軽い段階で、終らせる事が出来ただけです。
相手の女性もそろそろ、潮時かな?と別れる時期に来ていただけです。
そうです、たまたま、という偶然性の可能性の方が高い。
今日は、旧説に囚われている日本人という事について、持論を書きましたが、これに反論したい人は、たぶん、この村越の事は嫌いだろうなア~・・・・・
では今日はここまで。