ベッキー事件に思う
私へ来られる相談者は、それまでに多くのカウンセラーの所に行かれています。
もちろん、それ自身は悪いことではありません。
変な話ですが何かの病気を患って、病院で診断されても、ひとつの病院だけでなく、少なくとも3病院ぐらいは当たってみるセカンドオピニオンは必要です。
*セカンドオピニオンというのは、直訳すると『第2の意見』で、『診断や治療方針について、現在の自分の担当医以外の医師の意見を聞き、参考にすること』をいいます。
その診断が正解かどうかも含め、治療方針が患者の希望とマッチするかという問題もありますし、もっとベタな言い方をすれば医師との相性というのもあります。
何でも相談できて、高飛車でない、患者と同じ目線で問題に取り組んで下さる方でないと、いくらいい治療法でも、治療をお任せする気持ちにはなりません。
まして、暫く治療をし、その結果効果がない場合は、果たしてその治療法が正解かどうか、薬だって見直したり
合うか合わないかも検討されないといけないのです。
夫婦の問題は、昔からあまり変化はありません。
でも、携帯電話や車などの文明の利器の出現で浮気の性質が変わってきたり、いろいろ実行が便利になっているという変化を遂げています。
しかし、人間の・・・・・男女の織り成すドラマはあまり昔と変わりがありません。
では、どういう部分、昔と現在の浮気の性質が変わってきているかと言うと、それは「道徳観」です。
これは男女の事だけではなく、社会全体にも関わってくることです。
私の小学生の時代、高度成長時代とは言え、まだまだ日本全体も貧しい時代でした。
貧すりゃ鈍すという言葉にあるように、だからこそ、こころまで貧しくてはいけないという道徳の授業がありました。
例え暮らしは質素でも他人にも礼を持って接し、家族を大切にし、それぞれが自己責任を持って生きて行くと言う教えがありました。
あるお笑い番組で昔、農家のお年寄りが「偉くなくても、正しく生きる」という事を言っていた言葉に共感した思いがあります。
昔の日本には、浮気を容認するような風潮がありましたが、それでもお妾さんや、二号さんを囲える男性は、それなりに裕福な位置に居て、少なくとも経済的に家族を泣かすような事は少なかったと思います。
浮気をすることは決して褒められたことではありませんが、それをするには 男性にはそれなりの甲斐性があり、
家族への責任は果たそうとしていた、男の気骨がありました。
でも、現代は残念ながら、こういう暗黙のルールはどこかに消えてしまったと思っています。
それなのに、コト浮気の世界の話になると、男の浮気ははしかのようなもの。
妻は黙って、家で待っていればいつか、妻の元に帰ってくるものだという、化石のような説を唱える人がいます。
これが妻にとって、母や姉の身内や親友は、無難なコトしか言えないことはわかりますが、「暫く様子を見よ」というアドバイスをします。これは身内や友人は素人なので、暫く様子を見たあと、どうなるかを知らないから、それ以上のことが言えないというのが「暫く様子を見たら」という言葉になります。
本音は「悪いことが起きなければいいが・・・」という不安があるのは身内も親友もあるのですが、そういうことが言えないから、神に祈るようなコトしか言えないと言うことです。
つまりこれは、昔話を信じているか、何かの本に書いてあった、1フレーズにしか過ぎません。
男は船で、女は港。
港を出て行った船は必ず、港に帰ってくるから・・・・そういう神話を未だに信じているのです。
外で浮気をして遊んだ男は、きっと反省をして妻の元に帰ってくるというのは、いろいろな説があっていいので、唱えるのは自由です。
でも、そんなことを言う人に一度、聞いてみてください。
「絶対に夫が妻のもとに帰って来るって、保証してくれる?」って。
きっと 誰もご主人が帰って来ると約束はしてくれないと思います。
何ら、もう一段深く、質問してみてください。
「浮気の後はきっと、妻の元に帰ってくるっていう根拠を説明して」と聞いてみてください。
恐らく その答えは、「だってAさんのご主人もそうだったし、Bさんの家庭もそうだったし」という、せいぜいそんな理由です。
だったら、もう一段、深く質問するか、自分の胸に手を当てて考えてみてください。
そのAさんとあなたは同じ考えで、同じ環境ですか?
Bさんの家庭とあなたの家庭は一緒ですか?
まして、その浮気をしたご主人って、あなたのご主人と、全く同じ人物ですか?
何なら、その浮気相手と今のご主人の浮気相手と、考えも環境も、性質も一緒ですか?
浮気問題が片付くかどうかは、その浮気ドラマの登場人物の組み合わせによって成り立ちます。
それぞれの持つ背景が色んな結果を生み出します。
そうやって考えて行くと、どの夫婦のパターンも一緒であるはずがない。
えっ?その浮気相手の女性の名前も顔も・・・・まして独身か、バツイチか?結婚願望のある人か?エッチで
男性をトリコにする人か?何も知らないって?
そんな知らない人に夫を取られているなら、その人が夫を手放してくれるって、誰を信じているのでしょうか?
私に相談に寄せられる相談は夫の浮気を止めさせて、浮気相手と別れさせたいという相談が殆どです。
しかし、このコラムには 一つも浮気を終わらせる具体策は書かれていません。
こうして読んでくださっている方にも、今は何も、夫の浮気を終わらせる具体策は書かれていないから、放ったらかしに感じて、私に対して勿体付けの意地悪な印象さえ持たれるかもしれません。
でもね、考えてみてください。
ご主人の浮気相手の事を私は何も知らなくて、その別れさせ方なんて言えるはずがないのです。
見えない魔物に対して、シャドーボクシングをするようなもの。
ご主人がどういう魔物がとりつかれているか、その正体も解らないままで、その魔物を退治する具体策なんて言えるはずがないのです。
では具体策が言えない場合は、どうすれば良いか?
具体策の反対は精神論です。
具体策のない場合は、精神論を唱えるしかなくなります。それが、信じて待っていろとか、男は船で、港の妻の所にいつか帰ってきてくれるからという「気持ちをしっかり持って夫を待っていてください」という消極的で 精神的なアドバイスしか言うことがなくなります。
本妻はお妾さんより、籍が入っている分だけ、守られているのだから、笑顔で夫を待っていればいつか帰ってくるよ、と言うのは如何なものかと思います。
そんなアドバイスはプロとしてお金を頂いてする話でもありませんし、そんな古い一般論は「昔の物の本」で充分ではないでしょうか。
この精神的な考えを「メンタルアドバイス」と言います。
この相談業には、色んな流派があります。
精神論を説くタイプと、具体策のようなコーチングのようなカウンセラーと多種多様です。
カウンセラーと言えども人間ですから、カウンセラーと相談者は相性も大事です。
相談者が、一番しっくり来るカウンセラーはきっといるはずですから、あまり耳障りのいいことばかりを唱えるカウンセラーには、少し疑問を持ってみてください。
何故なら、物事を解決するには、多少のもがきや苦しみは伴います。
何もしないで、何かが変わるなんてありえないのです。
黙って、じっとしていれば、幸運が訪れるなんて有り得ないのです。
まして、あなたが他のカウンセリングを受け、それでもまだ、カウンセラーを探しているとしたら、
それは現状が解決されていないと言うことにほかなりません。
昔の男性は道徳心がありました。
遊びは甲斐性のある男性しかできませんでした。
でも、今は道徳心は少なくなっていますし、金銭的にもサラリーマンなら、それほど自由になりません。
浮気にはお金が掛かります。
お小遣いの範囲で浮気をするのはサラリーマンなら困難でしょう。
だったら、どうなるか?
恐らく、クレジットカードで支払いをしますし、何なら借金を仕出します。
クレジットカードも、2,3ヶ月後払いなだけで、お小遣いの範囲で払えないから、支払いを先送りにするのがカード払いです。
でも少なくとも、クレジットという限り それは借金であることには違いがありません。
もちろん、それがボーナスで精算しようとしているなら、それもいいでしょう。
しかし その支払いは本来は家族で使えるものが、ご主人の浮気に使われているということには違いありません。
サラリーマンが、自分のお小遣いだけで、賄えなくなったら、当然家庭に入れる生活費に手を付け出すでしょう。
これが浮気のお金の流れです。
いいですか?
道徳心のある男性は、家庭は家庭で大事にするのです。
しかし、悲しいかな現代のサラリーマンは、それほどの余裕はありません。
お給料はひとつなのですから、あとは何を削ってくるかと言うと、それは家計に手を付け出すのです。
それは道徳心の欠如です。
この道徳心の失くなった現代の男性は、糸の切れた凧と同じ。
家族も居て、幼い子供も居て、家庭を捨てるはずがないというのは道徳心のある男性です。
そもそも、そんな道徳心のある男性は 最初から浮気をしません。
そんな道徳や倫理や人の道に外れたコトをする男性が、どうやって港に必ず帰って来ると断言でるのでしょうか?
もし、プロのカウンセラーで、きっとご主人は帰ってくるから、なんて唱える人が居たら、それは昔の道徳の本を
朗読しているだけで、人間をみていません。
化石のような男性の理想像を語っているに過ぎません。
少なくとも現代の男性の特徴を知ると、その人間を見もしないで、きっと帰ってきますよ、なんて 私は反対に怖くて言えません。
ご主人のタイプや仕事、お金使いや、交際範囲や行動範囲。
その上で、浮気相手のご主人に対しての執着度もお聞かせ願わないと、別れさせ方なんて言えるはずがないのです。
人間の数だけ、色んなパターンがあります。
1+1は2のような一般論で、片づけするのは失礼だと思っているし、だから、このコラムには別れさせ方などという具体策を書けないというのをお分かり頂けますか?
それなのに、ご主人のタイプも見ずに、浮気相手との組み合わせも見ないで、
「きっと男性は妻の元に帰ってきますよ」というのは、解決策でも何でもなく、慰めなのです。
お友達なら慰めでもいいですが、少なくとも相談者は何がしかの料金を払って具体策を求めて相談に来ているのです。
その人に、ただ慰めや、昔話の神話を唱えるだけでいいのでしょうか?
私は、少なくとも直接相談に来てくださる方には、この具体策のお話をしますが、残念ながら他所で慰められた人は、もっと慰めてもらえる、耳障りのいいことを求めておられます。
その具体策に入る以前の問題で、「男は妻の元に帰る」という呪縛を取り去るのに時間が掛かります。
様子をみるという結果、何が起きるか、悪いことは誰も言いませんが様子を見ただけで夫が家庭に戻ってくるなら、現代の離婚率はこれほど上がっていないでしょう。
みんな放置をしたせいで離婚に至っています。
出来るなら、あまり他所で洗脳されないうちに来てほしいな。
傷は浅いうちの方が治りが早い。
いつも言いますが放置しておいていいのは、軽い風邪と擦り傷だけ。
早期発見、早期治療。
これはどんなことにでも云えることだと思います。
様子を見たら?なんてそれは何もアドバイスをすることがないという無策という事と一緒です。
様子をみるというのは、浮気をするカップルに、長い時間を与えることで、二人が思い出を作ります。
付き合いが長くなれば、浮気をする二人にチームワークや「あうんの呼吸」が生まれます。
二人が浮気を成就させようと、絵を描き始めます。
その準備が整えば、家庭を捨てる算段をし始めます。
二人が一枚岩になり、絆を深めます。
それが「時間」です。
様子をみるというのは 時間を与えると言うことです。
でも、一つ気づいて下さい。
様子を見ると言いますが、その様子は妻には本当に、見えているのでしょうか?
様子を見たあと、その出てきた結果で、どうすれば良いか、対策は浮かんでいますか?
結局、ここでも具体策は必要になるのではないでしょうか?
何も今後の展開を練りもしないで、様子を見るというのは、物事を悪化させることを黙認していると言うことです。
ね?これだけ読んでも、まだ様子を見ますか?
あなたは その様子という中身は見えていますか?
慰めてもらいたい人は、解決を望んでいない人です。
このままがいい人なのです。
今日は冷たく感じたかもしれませんが 厳しい現実を理解してもらいたくて、あえて心を鬼にして書きました。
多少の痛みくらいは覚悟しないと、何もせずにパラダイスは訪れません。
私はあまり、お祈りや願掛けは好きではありません。
正直、天や星座にお願いをする程、メルヘンは、人生の大事な時には、邪魔だと思っています。
冷たく感じた読者の方には謝ります。
でも、勇気を奮って、解決したい人は、私とは相性が合う人ですから、勇気を求めに来てください。
では今日もここまで。