愛情欠落の次世代連鎖

村越真里子

村越真里子

テーマ:ムラコシズム、つぶやき

毎日、色んなニュースが流れてきますが、私が最も嫌いなニュースが子供への虐待です。
特にこの時代に、ましてこの日本で子供が餓死するようなニュースは、法律がなければその親を私がぶっ●してやりたくなります。
少し前にも子供を放置し、女性のところで暮らしていたシングルファーザーがいました。
たまに覗きに行った時に、まるで餌か何かをやるようにおにぎりを渡したら、紙を開ける力も残っておらず、最後の声を絞り出して「お父さん」と言ったとか・・・これを聞いてこの父親は怖くなってドアを閉めて逃げたのです。私はこのニュースは 聞いたとたん痛ましくて涙が止まりませんでした。
そんなに、女にうつつをぬかしたいなら、離婚の時に何故子供を引き取った?
噂の範囲ですが、そもそもその夫婦の離婚理由は夫がDVだったいうことです。
おそらく離婚時も到底話し合いなどできない状態だから、夫が子供を渡さなかったのだろうと思います。
 その男尊女卑DV夫が子供を育てられるはずがないし、元夫の元にいる息子にも、そうそう面会にも行けなかった事は想像できますが、それにしても間接的に、何か手段を使ってでも息子の顔を見に行きたくならなかったのだろうか?
どんな事をしてでも、何とかできた問題がここにあります。
でも、何故そうしなかったか?
そこには みんな歪んだ夫婦の犠牲はいつも子供自分のことしか考えてないということです。
痛ましいことです。
私はニュースなどで 子供を虐待している父親などの理由がいつも「しつけの為」というのを
流さないで欲しいと思います。もちろん誰もそんなことは信じちゃいませんが、関西弁でいうと
「ええことそうに」です。そんなヤツの口実なんて聞いてやる必要もないしニュースで流す必要などないのです。
ちょっと話は変わりますが私はことわざが好きです。
昔の人は今の様に情報を集めることもできなかっただろうし、データーを集めて検証するようなパソコンもなかった時代、何故こんなに見通しが利いたのか、不思議ですが とにかく昔の人のいうことは正しかったな~と思います。
そんなことで分かりきったことわざですが 時々ネットで調べることがあります。
昔の見解に、現代の解釈が理論的に、かつまた現代の研究結果を示しながら説明しているので、単なる戒めのことわざではなくなっています。
現代の医学的なデーターなども加わるため根拠ある説明がなされ、改めてその言葉の深さを感じます。
そこで 今日は単純ですが 「三つ子の魂、百までも」を調べてみました。
ヤフー知恵袋の引用です。
★★★★★★
辞書には「幼時の性質は一生変わらないものだということ」と記されています。
実際には胎児期から3歳までが、人間の一生でのうがもっとも急速に発達する時です。
育児環境の質の良し悪しが、その発達していく脳の組織と機能に深い影響を及ぼすことが、脳医学の発達に従って顕著になってきています。
この発達期に長期にわたる虐待や放置、無視(泣いても抱いてあげないなど)や、一貫しない育児方法、何時も異なる世話人等を経験するとそれは、トラウマ的(心的外傷的)経験として、幼児期に持続する過覚醒反応を起こさせ脳神経発達や、中枢神経系統に障害を与えるのです。
こういった子どもたちには、往々してPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状が出るようになり、
また、愛着と、感情を調整する、orbitofrontal cortexと呼ばれる人間の顔の表情に(例 母親の笑顔などに)敏感に反応する脳の部分が充分に育たないため、衝撃的で暴力を振るってしまう傾向が現れます。これを「愛着障害」といいます。
お腹にいるときから、3歳くらいまの記憶が、一生を左右するといっても過言ではないのです。
「鉄は熱いうちに打て!」と言います。人格形成の一番重要な時期に、特定の養育者(母など)がすべてを受け入れるという「愛」を注ぐことが大切ということでもあります。江戸しぐさなどの著書にも
江戸のおとなたちは、「三つ心、六つ躾、九つ言葉、文(ふみ)十二、理(ことわり)十五で末決まる」と言って、稚児(おさなご)の段階的養育法を考えて、今でいう全人教育を実践していました。 とあります。この時期、厳しい躾や、英会話など必要ないわけです。
知識やお金は豊かな人格の土台がないと、役に立ちません。
★★★★★
昔の人たちはこういうことは概念としてわかっていただろうけれど、現代になりそれが裏付けられるってすごいことだと思うのです。

個人情報が抜き取られたベネッセなどにも言えるのですが、最近は乳幼児から教育を受けさせる家庭があり、 幼児期に覚えたことは一生の宝とも考えられますが、読み書き算盤という考え方からするとこれを「三つ子の・・・」風に考えると、その年代に合わせた習い事しか身につかないということです。

私が子育てをしていた約30年前は 外国式の教育法が主流で、時間をきっちり決めて、寝るときも自立心を養うためにひとり寝をさせようという感じでした。
しかし、それに反する本も出ていて、子供の欲求を叶えてあげなさいという先生が書いたものが私にはしっくりきました。
抱きぐせなんて、癖はないという理論で5歳も10歳にもなっても母親に抱いて欲しいとは言わないから、甘えてくる時には 精一杯抱いていやれという方針です。
おむつも取れるのが遅い早いと気にしなくても 小学校に上がる時に誰もおむつなんてしてないというゆっくりした考え方でしたので ガチガチに考えずに済むという気が楽になる本でした。
私の子供は2人も男の子ですから 見事に幼稚園位の時には母親と手をつなぐのを恥ずかしがるようになりました。
今では、あんなにくっついてきてたのに、洋画好きな次男は急にお風呂も一人で入ると言い出し、
5歳くらいの子が、俳優並みのシャワーの浴び方を気取っていました。(結局、シャンプーが残った洗い方で後でゆすいであげるのですが・・・・)

子供の欲求なんて、欲とはいえ美しいくらい欲がない。
赤ちゃんの時には お腹がすいたか、眠たいか、抱っこしてほしいかくらいしかありません。
幼児期だってそんなもの。
遊びたいとか、せいぜいおもちゃが欲しいくらいしかありません。
もちろん、無尽蔵に贅沢をさせることはありませんが、ちょっとした躾なら叩いて教えるほどの事はない、出来れば子供も暴力に訴えない子供に育てるには、親もその姿勢を持って欲しい、そう思うのです。

おっと、それで今日のテーマに繋がるのですが、次世代連鎖の話ですが、暴力や愛情不足で育った人がどうなるかは、先に書いたとおりかもしれませんが、だからと言って それを口実にしてはいけません。

よく、奥様からの相談で 「うちの夫は母親から愛情を貰ってないので 自分で家庭が築けない人なのです」と言われる方がいます。
それも正解かもしれませんが 人を愛する事が出来たから結婚もできたのです。
家庭なんてものは 器の話であって 人を愛することができたということは家庭はその愛情を持ち寄ればいいだけで、そんな言い訳を奥さんがしてやる必要はないのです。
人間は20歳超えたら、自分の人生は自分で責任を持つのです。
不遇な生い立ちがあるなら 自分はその人生を上書きする努力をすればいいのです。
そうでなければ、子供は育てられた親以上の出世ができないということになります。
でも、人生は反面教師という事もありますから 例え恵まれた生い立ちでなくても、名誉挽回の人生は自分で作り出すことできるのです。
親の影響だけで形成されるものではありません。
せっかくの人生。
自分で築いた所帯。
それくらいの責任を持てずにどうするの?
結婚生活不適格者かもしれませんが それの親のせいにしてどうするの?
自分の人生くらい、自分でデザインしましょう。
では今日はここまで。

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村越真里子
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Re婚かうんせらぴー

最優先は夫婦の危機回避。浮気問題解決と夫婦の関係修復は分けて考えまずは離婚を回避し、その上で夫婦の修復を図ります。行動心理学を基に、今後同じ問題が起きないように予防も含め対策を練るのが使命です。

村越真里子プロは朝日新聞が厳正なる審査をした登録専門家です

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