覚悟と認識と諦め
そもそも何故浮気をするの?
よく受ける質問です。
浮気をしたことが無い人にとって、何故浮気をするのか、理解に苦しむと思います。
結婚をしていないカップルはある意味自由ですから 彼氏彼女が居ても他の人へ目移りすることはあります。これはそういう事を経て、最終的にどちらかと付き合うという結果になった場合、結果論として最終的に選んだ方の相手が本気だという事になりますが 厳密にはどちらが本気か浮気なのかは順番が入れ替わることはいくらでもある話ですので最後まで分からないと言えます。
しかし結婚している夫婦にとれば、それはもう家庭の方が本気であると言えます。
現に浮気をしていても 婚姻関係を結んでいる方が大切に決まっているのですが ここがよくも悪くも
誤解を生むことになります。
つまり不倫相手にとれば その相手に家庭があっても、その相手は家庭にそっぽを向いて自分に向かってくれているので それが何よりも本物だと思いがちです。
何故なら 浮気をする男性(女性も)は自分の浮気を正当化させるために 自分の家庭は冷たく潤いのないものだと感じているのです。
本当にそうなのかどうかはわかりませんが 少なくとも浮気をする時には 自分にそのように思い込ませている部分もあるので 浮気相手はそれを鵜呑みにしてしまうと 自分がなんとか優しく温めてあげないといけないという同情?をします。
こうして家庭で潤いを感じない人間と その潤いを与えてあげようという代理の役目と需要と供給がぴったり合って浮気をする舞台はそれで出来上がるのです。
でも 本当に家庭に潤いが無くても その不満因子はお酒で誤魔化したり、スポーツや趣味に興じたりして、他の事でストレスを解消しようとします。
そのストレス解消が 浮気になり替わるなら それはそもそも浮気がその人の癒しになるという人だという事です。
要は同じ不遇な環境にあっても、浮気が自分の悩み解決にすり替えを出来るか、出来ないかは、やはり浮気が何らかの慰めになるというタイプの人ですが 慎重な方は 家庭がそれで崩壊したらどうしようとかと、浮気が不安材料にしかならないという人は 浮気には手を出さないのです。
つまり得られる快楽とリスクを天秤にかけると、慎重な人は浮気が決して楽しい事ではないという事なのです。
それでも、そのハードルを越えて浮気をする人は ある意味チャレンジャーであり快楽主義であると言えます。
もちろん当人はそんなことは 解って行うのではなく、自覚のないまま 突き進んだら浮気になったという事なのですが やはりそのブレーキが弱い分だけ、そこに惹かれている人だと言えます。
分かりやすく言うと 浮気をいけないことだと解っていて それをしちゃう人は 浮気が好きなのです。
それは何故好きかというと そこは個人がきめることですから ぶっちゃけ単純に言うと 浮気が好きなのだという事以外ありません。
刺激的なのでしょう。
見慣れた妻や夫より 刺激的なのでしょう。
でも一般の人間は 刺激的な物への興味はあっても、何も手出しできなかったとしたら 刺激的な物にはとげがあるという事です。
これほど単純な事ばかりではないですし 不倫でありながら 命を懸けている人もいるかもしれません。
それでも100%苦手な事に人間は向かいません。
それをその時 色んな環境があったとしても 何等か浮気をしている人であれば それはその浮気に身を置いている方が 浮気もせずに我慢をするよりは 身にあうのかもしれません。
次回はもう少し、ネタを仕込んできます。
ではでは。