”訴訟ゼロ”経営を維持する秘訣
3月下旬、『ミヤシタパークのアート作品、全く違う姿に 著作権侵害と作者が抗議』という見出しの新聞報道がありました。
著作者のマネージメント会社が運営するサイトによりますと、当該作品「渋谷猫張り子」は、三井不動産が所有するホテルの最上階にあるバー内に展示するために、同バーの運営会社から依頼されて制作したものとのことです。
制作依頼に際してどのような契約が結ばれたのかまでは分かりませんが、同サイトによりますと、作品を納品した後も、著作権は著作者に帰属したままであるとのことです。
そうしますと、著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利(翻案権)を専有します(著作権法27条)。
したがって、作品の無断改変は翻案権の侵害ということになります。
しかし、翻案権は改変行為についての排他権です。
改変行為が発覚したときには、すでに侵害行為が終了していますので、差止請求をすることはできません。
また、改変行為だけで著作者に発生する経済的損害も観念できず、損害賠償請求もなかなか困難と考えられます。
学説的には、改変行為そのものを禁止する意義はないのではないかという考え方もあります。
確かに、ある小説を映画にしようと考えて試しに脚本化してみることを、その段階で禁止する必要があるのか、という気はします。
しかし以上のことは、翻案行為そのものについてのことで、翻案行為で得られた物を利用することとはまた別の話です。
著作物を翻案して創作した著作物を、「二次的著作物」といいます(同法2条1項11号)。
翻案することで元の著作物とまったく別物になってしまっている場合は、二次的著作物に当たらず、別個の著作物ということになります。
しかし、報道等の写真を見る限り、改変後の物も原作品「渋谷猫張り子」の外形をそのまま残していますので、「別個の著作物」とは言えないと思います。
そこで以下、改変後の物は「二次的著作物」にあたるということで話を進めます。
さて、無断改変による二次著作物であっても、二次著作物の著作権は問題なく生じることになっています。
二次的著作物の利用に関しては、著作権法上、「二次的著作物の原著作物の著作者は、当該二次的著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する」(28条)と規定されています。
二次的著作物は、原著作物の創作の上に創作を付加して成り立っています。
そこで、「二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利」の範囲が問題となります。
まず、二次的著作者の権利は、「二次的著作物において新たに付与された創作的部分のみについて生じ,原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じないと解するのが相当である」というのが判例です(最判平9・7・17)。
その理由として、「二次的著作物が原著作物から独立した別個の著作物として著作権法上の保護を受けるのは、原著作物に新たな創作的要素が付与されているためであって、二次的著作物のうち原著作物と共通する部分は、何ら新たな創作的要素を含むものではなく、別個の著作物として保護すべき理由がないからである」と述べています。
では、二次的著作物の原著作者の権利範囲はどうなのでしょうか。
上記判例をなぞるとすれば、新たな創作的要素が付与された部分に権利は及ばず、原著作物と共通する部分にのみ生じる、ということにもなりそうです。
そう考えると、本件では、原著作物につきホテル内のバーで展示するための許諾がされているでしょうから、二次的著作物を同様に展示することにつき、二次的著作者は原著作者に断ることなく自由にできるのではないか、とも考えられます。
しかし、これについて判例は、次のとおり、原著作者の権利は二次的著作物の全体に及ぶとしています。
「二次的著作物である本件連載漫画の利用に関し、原著作物の著作者である被上告人は本件連載漫画の著作者である上告人 が有するものと同一の種類の権利を専有し、上告人の権利と被上告人の権利とが併存することになるのであるから、上告人の権利は上告人と被上告人の合意によらなければ行使することができないと解される。」(最判平13・10・25)。
したがって、原著作物について利用の許諾を得ていたとしても、二次的著作物について原著作者の許諾を改めて得なければ、二次的著作物を利用できないというのが原則です。
著作者は、美術の著作物を原作品により公に展示する権利を専有しますから(法25条)、美術の著作物である二次的著作物の原作品を公に展示するためには、原則として原著作者の許諾が必要になります。
ところで著作権法は、著作権と所有権との調整規定を置いています。
美術の著作物の原作品の所有者(又はその同意を得た者)は、その原作品を公に展示することができる、とされています(法45条1項)。
美術品を購入した人は、いちいちその作者に許可を求めなくても、購入した原作品の展示が可能となっているのです。
原著作物を改変した二次的著作物については、原著作物の所有者(つまり完成した作品の納品を受けた側)が所有することになるのでしょうから、実際の権利関係はよく分かりませんが、少なくとも二次的著作物の所有者の同意を得た原作品の展示ということにはなるのではないでしょうか。
もっとも、屋外の恒常的な設置による展示の場合、この制限規定は適用されません(同条2項)。
ホテルのバー内の展示ということですが、実際にどういう状況だったか知りませんので、この点はなんとも言えません。
以上とは別に、著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利、すなわち同一性保持権を有し、意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとされています(同法20条1項)。
この同一性保持権は譲渡不可能な人格権ですので(法59条)、契約内容とは関係なく著作者に帰属しています。
また、著作者には、著作者人格権のひとつとして、公表権があります(法18条1項)。
つまり、その未公表著作物を、公衆に提供、提示する権利で、本人が公表したくないものを他人が勝手に公表すると、公表権の侵害になります。
そしてこの権利は、二次的著作物にも及びます(同項第2文)。
したがって、これら同一性保持権、公表権の侵害であることについては疑いないものと思います。
侵害者に対しては、公表の差止め、公表によって受けた精神的損害に対する慰謝料、謝罪広告などの名誉回復措置、を請求することができるということになります。
なお、著作権とは別に、納品した作品をこのような取り扱いとするのであれば契約しなかったとして、制作依頼に関する契約を取り消す(民法95条)、ということも考え得るかもしれません。
法律行為の基礎とした事情についての認識が真実に反する錯誤であり、その事情を法律行為の基礎とすることが表示され、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものである必要がありますが、これらは満たすのではないでしょうか。
制作料の返還をどうするかという問題はありますが、それで作品を取り戻すという方法は考えられるのかもしれません。
とか言っていたら、改変された「渋谷猫張り子」がその所有権とともに作者の下に戻ってきたそうです。