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契約書がなかったら

拾井央雄

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テーマ:中小企業の攻め方・守り方



契約書の大切さは、いまさら言うまでもありません。
リスクをゼロにすることはできませんし、リスク回避を第一としてしまっては事業活動の目的を見失うことになります。
事業活動の中で発生する可能性のあるリスクを、あらかじめ想定の範囲内のものとしておくための重要な道具の一つが、契約書です。
事業活動のリスク・コントロールのためには、契約書が必須です。


契約書には、当事者が合意した事項を明示します。
契約書に書かれていないことについては、法律が適用されることになります。
では、契約書に書かれておらず、法律が適用されるとどういうことになるのでしょうか。

製品Xを製造して売り出そうと計画した甲社が、乙社から部品Yを調達する場合を考えます。
甲社は、乙社との間で売買契約をすることになります。
何を売買するか、売買代金をいくらとするかは、当事者が合意して決めなければ、いくらなんでも法律に定めはありません。
甲社は、乙社との間で、Y100個を、1個あたり1万円で買受ける合意をしたとします。
契約書にはこのことが書かれていますが、これ以外は何も書かれていないとします。

乙社はまず、倉庫から甲社に納品するY100個を選び、納品のために箱詰めにして発送することでしょう。
発送した箱詰めが甲社に届けられた時点で、Y100個の所有権が甲社に移転すると考えられます。

乙社は、箱詰めにしたY100個を、甲社から「早く持ってこい」と言われる前に納品します(民法412条)。
納品場所は、甲社の営業所になります(商法516条)。
甲の営業所が遠方にあっても、納品費用は乙の負担です(民法485条)。
乙社は、もっとも納品費用が少なくてすむ甲社の営業所に持参するかもしれません。

乙社がY100個を納品したら、甲社は、納品と引き換えにその営業所で代金100万円を支払います(民法533条、574条)。

甲社は、納品されたY100個を、遅滞なく検査しなければなりません(商法526条)。
そしてXを製造するのに使えないような物が混じっているが分かったら、直ちに乙社に通知しなければなりません(同条)。
そうでないと、代わりの物を持ってこいとか、代金を減額してくれとか、言えなくなってしまいます。
使ってみないと分からないような不良があった場合、6か月を過ぎると何も言えなくなります(同条)。

なかなか大変ですね。
法律に従うとなかなか大変なので、ふつうは何月何日までにどこそこの工場に納品してくれ、きちんと納品がされたら何日以内に代金を振り込む、というような約束をするはずです。
「遅滞なく」「直ちに」など、あやふやな期間も紛争のたねになりかねず、きちんと決めておくに越したことはありません。
しかし、そういう約束があっても契約書に書いていなければ、そんな約束はしていないと言われた場合、交渉の経過やこれまでの取引の実情などから約束の存在を立証しなければなりません。
それができなければ、上でみたような法律の原則に戻ってしまっても文句は言えないわけです。

契約は、法律がそのまま適用されれば都合が悪い部分を、当事者が修正しようとする合意です。
そして契約書は、そのような合意をしたことを証明する証拠です。
以前から繰り返されている典型的な契約なら、先人が作り上げたひな形を参照しながら契約書を作っても足りる場合が多いでしょう。
しかし、新しいビジネスであればあるほど、先人の遺産だけでは足りなくなって当然です。
ひな形を見ながらなんとなく契約書を作ってよいわけでない理由の一つは、こういうところにあります。

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拾井央雄
専門家

拾井央雄(弁護士)

京都北山特許法律事務所

エンジニア15年〜弁理士5年と弁護士としては異例の経歴を持ち、技術系分野に精通。知的財産や技術系法務のエキスパートとして数多くの事業者を支援。また自身が住職である立場から宗教法人のサポートも手掛ける。

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