桜の季節に想う ~ どんな寿命にも永遠はない ~
未曽有の大震災から、早いもので2回目の夏が終わろうとしています。時の流れは本当に早いものですが、一方で原発事故の被害にあわれた方への補償問題や、原発事故で出た高濃度の放射性物質に汚染された焼却灰や汚泥の最終処分場の問題などは一向に進んでいるようには思えません。今こそ私たちができることは何か、もう一度考えなければならない時に来ているのかもしれません。
震災を契機として、多くの方が防災を他人事ではなく自分のこととして考えるようになったことはとてもいいことだと思います。地方自治体はもちろん、企業や家庭においても、近い将来関東・東海地方に必ず来ると言われている大地震に備える動きが多数見受けられ、この動きが決して風化することなく人々の意識の中に根付き続けてほしいと願うばかりです。
そして、防災を他人事ではなく自分のこととしてお考えになることのできた方に対して、もうひとつの防災用品としてぜひともお勧めしたいものがあります。それは、いつかあなたがこの世を去った後で、あなたの大切な家族を不毛で醜い災難から未然に防ぐことができる優れものです。
人が亡くなると、その意思に反して相続が開始します。そして、遺言がなければ法定相続が原則となり、相続人全員によって誰が何を相続するかの話し合い、いわゆる遺産分割協議をしなければならないことになっており、残念ですがこの過程を避けることのできる方はひとりもいません。
しかしながら、当事者だけでこの話し合いを冷静に進めることができる方は少なくなる一方であり、ここ数年で家庭裁判所に対する遺産分割調停の申立件数は1万件を超えるようになってしまいました。しかも、その大半は相続財産と言っても土地・建物とわずかな預金だけというケースであり、遺産総額も2000万円以下だそうです。ある程度まとまった財産を目の前にして、複雑に絡み合うこれまでの経緯や感情問題を合わせると、このような醜い不毛な相続トラブルはもはやどこの家で起こっても不思議ではない話であり、まさに災難というほかありません。
確かに、自分の亡き後において、どんなトラブルが起こるのか、あるいはそもそもトラブルが起こるのかはその時になってみなければわからないといえばその通りでしょう。しかし、人が亡くなれば相続は必ず発生します。どんな人でも相続を避けることはできないのです。そして、相続にリスクがある以上は、リスクを直視して対策を講じておくことは十分意味があることですし、またご家族に対しても責任ある対応ではないかと考えています。遺言さえあれば降りかかるであろうほとんどの災難を未然に防ぐことができるという意味では、遺言も立派な防災グッズではないかと考える次第です。遺言について真剣に考えようと思われる方は、一度ご相談にいらしてください。私の遺言書をお見せしながら、あなたに合った遺言書をご提案させていただきます。
これからも、ひとりでも多くの方に『争わないための遺言書』という『最高の防災グッズ』をご提案し続けていきます。