「診断」のもつ意味
<脳病理学的なアプローチ>
近代社会になり公教育がはじまったとき、どうしても勉強についてこられない子どもが一定割合でいる事実が明らかになり、そこから知的障害(精神遅滞)の概念が生まれました。ところが今度は、知的なおくれはないのに言葉に大きなおくれをもつ子、読み書きが覚えられない子、計算ができない子などがいると気づかされました。
この問題を追究した神経内科オートンOrton,Sは「子どもの読み、書き、話し言葉の問題 Reading,Writing,and Speaking Problem in Children」[1937]を著しました。そこで、身体的・精神的・情緒的な問題は何もないにもかかわらず生じる特異な能力のおくれとして、次の6種類をあげました。
(1)発達性失読症 読みの習得のおくれ
(2)発達性失書症 書きの習得のおくれ
(3)発達性語聾 言葉の理解のおくれ
(4)発達性運動失語症 言葉の表出のおくれ
(5)発達性失行症 極端な不器用さ
(6)児童期の真性吃音
最後の(6)を除き、その後「特異的発達障害」としてまとめられた諸障害がほぼそろっています。
19世紀の脳病理学は、脳の特定部分が局所的に損傷することでその部分がになっている精神能力が失われることを発見していました。(1)失読症、(2)失書症、(3)受容性失語、(4)表出性失語、(5)失行症などがそれで、オートンがあげたものとそれぞれ対応性を見出すことができます。そこから推すと、この子どもたちの問題は、その能力を担う脳局所の生まれつきの障害と説明できそうにみえます。
ところが、実際にはそう単純ではなく、その子どもたちの脳を調べても、大人でみられるような脳局所の病巣は見つからないのです。獲得された能力が失われる現象と能力の獲得がおくれる現象とは同じではありません。オートンは、これらの現象は脳の成熟に発達的なおくれがあって、視覚・聴覚・運動などをコントロールする右脳と左脳との機能分化(役割分担)がうまく進まないために起きると考えました。これが、この問題の医学研究の一つの源流なのです。
参考文献 子どものための精神医学 滝川一廣著