遺産相続の話は、誰から切り出すのが良いか?
滅多にないとは思いますが、万が一「愛人に全財産を相続させる」という遺言が出てきた場合、相続人としてはどのように対処すればいいのでしょうか?
死亡した時点で遺産が全くないか、とてもわずかであるような場合には、「放っておく」という選択肢も、一応はありえます。また、借金などマイナスの財産の方が多いような場合には、「特定遺贈」と「包括遺贈」の場合で対処方法が異なりますが、これは別の機会に解説します。
そうではなくて、不動産や預貯金など、相続人にとっても譲れない財産があるような場合には、以下のような対処方法が考えられます。
1.遺言が無効であると主張する
2.遺留分減殺請求を行う
まず、遺言は無効である、したがって、遺産は法定相続人が相続するという主張をすることが考えられます。「愛人」側があくまで遺言は有効であると主張するならば、裁判で決着をつけることになります。
遺言の無効を主張する際には、例えば、自筆証書の遺言で、日付が書かれていないとか、本人の自筆ではないとか、あとから改ざんされた形跡があるなど、形式面での無効を主張する方法があります。もっとも、遺言が公正証書遺言の場合には、形式面での無効は主張しにくいでしょう。
遺言の作成当時、遺言を作成した人が認知症であったような場合には、遺言作成当時の本人の意思能力を争う方法もあります。しかし、立証という面では、なかなか難しいこともあります。
また、不倫関係にある「愛人」に対して財産を遺贈するという内容の遺言は「公序良俗(こうじょりょうぞく)に反して無効」であるという主張をすることもできます。しかし、この主張をすれば、すべてそのような遺言が無効になるかというと、そういうわけではありません。裁判所の判断基準としては、「不倫関係の継続期間」、「配偶者と間に夫婦としての実体があるか」、「不倫相手の生計が被相続人に依存したものか」、「相続人の生活への影響」など、さまざまな要因があります。また、遺言を作成した動機が「愛人との不倫関係を維持するため」であったような場合には無効となり、「晩年を連れ添った愛人の生活を維持するため」であるような場合には有効となるともいわれています。
次に、遺言が有効であることを前提にするのであれば、遺留分減殺請求(いりゅうぶんげんさいせいきゅう)を行うことが考えられます。遺留分とは、相続人に対して留保された相続財産の割合をいいます。例えば、相続人が配偶者と子である場合には、被相続人の財産の1/2、直系尊属のみが相続人の場合は、被相続人の財産の1/3が遺留分となります。ただし、兄弟姉妹には遺留分はありません。
つまり、「全財産を誰々(愛人)に遺贈する」という有効な遺言があったとしても、遺産の1/2ないし1/3については、本来の相続人が「取り返す」ことが出来る権利があるということです。この遺留分の計算は、被相続人の
「死亡時の財産の価額」+「贈与した財産の価額」-「債務の全額」
をもとに計算します。ここで、「贈与した財産の価額」については、原則として相続開始前の1年間にしたものに限り、その価額を算入します。ただし、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年前の日より前にした贈与についても、その価額を算入します。
例えば、被相続人の死亡時の財産が1億円、借金が2000万円、死亡する半年前に愛人に4000万円のマンションを贈与していた場合には、遺留分の計算は 1億円+4000万円-2000万円=1億2000万円となり、相続人が配偶者と子である場合には、その1/2である6000万円が、相続人全体の遺留分となります。また、マンションを贈与したのが3年前であっても、財産を贈与した人ともらった人(愛人)の双方が、遺留分権利者(配偶者や子)に損害を与えることを知っていた場合には、その分の贈与も遺留分を計算する上で参入することになります。
つまり、本人が生きているうちに愛人に贈与した財産についても、遺留分減殺請求の対象になりえます。ということは、本人が生前に財産をみな愛人に「貢いだ」結果、死亡時に財産がほとんど残っていなかったような場合でも、遺留分減殺請求を行うことができる可能性があるということです。
なお、遺留分権利者が複数いる場合は、遺留分全体を民法の法定相続分の割合に従って分配することになります。上記の計算で、子が3名いる場合には、配偶者の遺留分は3000万円、子は各1000万円となります。
この遺留分減殺請求権は、遺留分権利者が、「相続の開始」及び「減殺すべき贈与または遺贈があったこと」を知った時から1年以内に行使しないと、時効によって消滅してしまいます。また、相続開始の時より10年を経過したときも同様です。
遺留分減殺請求は、例えば遺言で財産の遺贈を受けた「愛人」に対して、本来の相続人が内容証明郵便などにより通知を行うことで始まることが多いようです。その後、裁判などで争うことになりますが、財産の問題と感情の問題が入り交じり、泥沼化することもありそうですね。