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折れない心を育てるレジリエンス② ABCモデルとリフレーミング

伊藤健司

伊藤健司

テーマ:メンタルヘルス

前回のコラムに引き続き、「レジリエンス」について取り上げます。今日は「レジリエンスの鍛え方」について基本的な考え方と、代表的なスキルであるリフレーミングについてお伝えしたいと思います。レジリエンスの意味については、前回コラムをご参照ください。

自分自身のネガティブな状態に「気づく」

 レジリエンスを強化するにあたり、最初に取り組むべきは「自分のことに気づく」能力を高めることです。今、自分はどのような状態にあるのか、感じていることや、考えていることに「気づく」。例えば、仕事がうまくいかず落ち込んでいるときに、「自分は今、いつもと違って、すごく落ち込んでいる」と気づく。このとき、「落ち込んでいる自分を見ている、もう一人の自分がいる」というイメージです。自分の感情や行動を俯瞰することを「メタ認知」といいます。メタ認知は、レジリエンスを強化する上でとても重要です。たとえば、落ち込んでいたとしても、「自分は今、いつもと違って、落ち込んでいる」ということに気づけないと何も始まらないし、立ち直りのきっかけをつかむことさえできません。

 メタ認知で自分を客観的に俯瞰して、そこに「自分の感情・思考や行動のパターン」を発見できると、それが前向きなものか、後ろ向きなものかを考えることができます。たとえば「自分は感情のコントロールが下手で、つらい出来事があったとき、感情に振り回された行動をとってしまいがちだ」という傾向を認識していれば、そういったネガティブな出来事があった時に行動の前にいったん止まって、考えることができます。感情に振り回されて行動にストップをかけて、より適切な行動が選べる可能性が高まります。

 自己に気づき、「自分の感情・思考や行動のパターン」を考えるとき、とても便利なフレームワークがあります。それは、アメリカの臨床心理学者であるアルバート・エリス(Albert Ellis, 1913-2007)が考えた「ABCモデル」というものです。この考え方を使うと、非常にわかりやすく自己分析ができるようになります。ABCはそれぞれ、Affairs(出来事)、Beliefs(解釈)、Consequence(結果としての気分や感情など)を表しています。私たちが、何らかのきっかけとなる出来事(A)に出会うと、その結果(C)として感情や気分が生まれます。このとき、AがCに直結していると考えがちですが、実際にはどう解釈するか(B)によってCは変わるのです。
ABCモデル
例えば、朝、上司に挨拶をしたところ、返事が返ってこなかったとします(A)。このとき、「上司に嫌われているから、無視されたんだ」と解釈(B)すると、「落ち込み」や「怒り」という感情(C)が生まれます。ところが、「忙しくて考え事をしていたのかも」と解釈(B)すると、大変そうだから、後で声をかけてみよう、という気持ちが生まれる(C)、というわけです。
仕事で上司に叱られた(A)ときなども、「上司にダメな人間だと思われた」と解釈(B)すると、「落ち込み」という感情(C)が生まれます。ところが、「上司は自分に期待してくれている」「成長のチャンスだ」と解釈(B)すると、奮起する気持ちが生まれる(C)、というわけです。
前回、同じストレッサーを受けても平気な人もいれば、「心が折れて」しまう人もいる、と書きましたが、その大きな理由の一つがこの「解釈」です。
ABCモデルの例

自分の解釈をリフレーミング(とらえ直し)する

 さて、ABC分析を使って自己分析した「自分の感情・思考や行動のパターン」が前向きで建設的なものであれば、特に問題はないわけです。しかし、それが前向きではなかったり、自分や周りに対して不都合を生み出すのであれば、望ましい方向へと変化させたいものです。ABCモデルによると、B(解釈)によってC(気分・感情)が生まれるわけですから、Bを変えることができれば、Cも変えられるということです。では、私たちはB(解釈)を変えることができるのでしょうか。

 人は一般的に、いつもあらゆる情報を正しく比較検討して、合理的に解釈を加えているとは限りません。むしろ日常生活では、目の前の出来事に対し、過去の経験をもとに、スピーディに、効率的に解釈を加えていることが多いはずです。思考を単純化して「ほぼ自動的に」出来事を解釈して、毎日を過ごしているわけです。ですから、解釈を加えたときは「かたくな」に「絶対だ」と思いがちですが、意外と普遍性はなかったりします。これまで自分が体験してきた出来事に対する考え方の習慣=クセ、のようなものなので、変えようとすれば変えられるのです。

 「解釈」を疑って、物事を別の角度から解釈し直すことをリフレーミングといいます。解釈のフレーム(frame)を改める(re)という意味です。「自分の感情・思考や行動のパターン」が、自分や周りに対して不都合なとき。自分の「解釈」を疑い、リフレーミングすることによって、その状態から自力で脱出することを試みましょう。それが、折れない心を育てるレジリエント思考を養うことに直結します。

 では、実際にリフレーミングにはどのようなパターンがあるのでしょうか。いくつか例をご紹介します。①「よりひどい状況を想定して、そうならなかったことを喜ぶ」…仕事で失敗したが、クビにならずにすんだ…コロナで売り上げが下がったが、子育てが終わってからの時期だったことは幸いだった など。明石家さんまさんの名言に「生きてるだけで丸もうけ」という言葉があります。失ったものを嘆くより、残ったものへ感謝することを心がけましょう。②「何を得られたか考える」…仕事で失敗したが、貴重な学びを得られた…友人に批判されたことで、自分の欠点に気づけたなど。失敗は成長の糧になるもの。ネガティブな出来事があっても、「そこから得られたことはないか?」考えてみましょう。③「別の見方ができないか考える」…人前で緊張してしまうクセがあるが、真剣に話そうとしていることの表れなので悪いことではない…私の上司は厳しいが、私のことを大切に思っているからこそ、あえて言いたくないことも言ってくれているのだ など。ネガティブに受け止めてしまう事象を、「ほかにどのように表現できるか」考えてみましょう。
 このように、リフレーミングのパターンはいくつもありますが、出来事に対する自分の解釈に対し「他の解釈はできないか?」と自問自答する習慣づけが大切です。異なる複数の観点から事象を眺めることのできる「精神的柔軟性」を意識しましょう。ひとつの出来事や事実を、多くの異なる視点から違う見方をする習慣づけは、レジリエンスを強化するトレーニングとして最適です。

少しだけ耐えると状況が変わることがある

 私は50歳を過ぎてから、趣味でランニングを始めました。マラソン大会にもよく出ています。大会に出始めたころ、ランニングのコーチから言われた言葉で印象に残っているものがあります。「走っていて苦しい時、その苦しさがずっと続くような気持になる。そうすると、こんな苦しみに耐え続けることはできない、と考えて歩いてしまう。しかし実際は、苦しみがずっと続くことはなく、苦しい時と楽な時が波のように順番にやってくる。苦しい時を少しだけ耐えれば、歩かずに走り続けることができる」というものです。これは私も走っていて実感として感じることで、耐えていると、スッと楽になる瞬間があります。これは、ランニングに限らず、実生活にもあてはまるのではないでしょうか。苦しい時、心が折れそうなとき、自分の状態に「気づき」、自分の感情を生み出している解釈を別の確度から「解釈し直す」ことによって、目の前のストレスやプレッシャーを少しだけ耐えて、困難をしなやかに乗り越えていきましょう。

初出:北海道保育協議会発行「道保協ニュース No.117」(2022.11.30)

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伊藤健司
専門家

伊藤健司(研修講師)

オフィスT&C

企業の困りごとを丁寧に引き出し、目的に応じた研修を提案・実施。大手企業での営業・人材育成経験をもとに、社会人基礎、ビジネススキル、営業スキル、マネジメント等ワンストップで対応。わかりやすさに定評あり。

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