管理職の上手な褒め方・叱り方②「叱る」について
皆さんは最近、部下や後輩を褒めたり、叱ったりしましたか。
実は、管理職研修などで受講者の皆さんにお聞きしても、あまり手が挙がりません。
「叱る」という言葉には少しネガティブな印象があるので、手を挙げづらいのはわかりますが、「褒める」についてもあまり手が挙がりません。「叱らない」ばかりでなく、「褒めない」管理職の皆さんが多いように感じます。
部下の行動や成果に対して、改善点や評価を伝えることをフィードバックといいます。褒めたり、叱ったりすることはフィードバックの種類といえます。
「フィードバックは鏡であれ」といいます。我々は朝、家を出る前に鏡に向かいます。鏡に映る自分の姿を見て、寝ぐせのチェックをしたり、ネクタイは曲がっていないか等を確認しながら身なりを整えます。鏡がないと、それができません。
部下が行動をとったとき、それが周りにどう映っているか、部下は自分で見ることができません。ですから、代わりに上司がフィードバックしてあげる。悪いことをしたら叱る。良いことをしたら褒める。上司のフィードバックがあると、部下は自分の振る舞いの良し悪しがわかり、修正することができます。これが鏡の役割です。
そう考えると、上手に叱ったり、上手に褒めたりすることは管理職の大切な役割のひとつである「人材育成」に欠かせないものであるといえます。
このコラムでは人材育成において、成長を促す機会でもあり、また、ミスコミュニケーションが生まれがちな場面でもある「褒める」「叱る」について考えていきます。今回は「褒める」についてです。
「褒める」ことはマネジメント的にもメリットがあります
褒めることには様々なメリットがあります。
冒頭で述べたように、管理職研修では「あまり褒めない」と答える受講者が多いのですが、そんな皆さんでも、「(皆さんは)上司から褒められると、どんな気持ちになりますか?」と尋ねると、「褒められることはほとんど無いけど…」と前置きした後で、「うれしい」「やる気が湧く」「自身になる」など、概ね肯定的な言葉が返ってきます。
褒められることは、単純に「うれしい」という感情が湧くだけでなく、モチベーションが上がったり、自信につながります。自己肯定感が上がり、部下・後輩にとっては自分の成長を確認する機会にもなるでしょう。さらには、よく褒める上司だと職場の雰囲気が良くなります。明るくなります。部下と上司の関係性も良くなりそうです。このように、褒めることには様々なメリットがあります。
「そんな『仲良しこよし』だけで職場は回らないんだよ!」「甘いよ!」と感じる管理職の方もいらっしゃるでしょう。ですが、褒めることにはマネジメント的なメリットもあります。それは、部下の好ましい行動、態度、思考などを「習慣化」できるということです。
「行動分析学」という学問があります。1930年代にアメリカの心理学者スキナー(Burrhus Frederic Skinner,1904-1990)のよって創始された心理学の一体系で、「なぜ、私たちの行動は起こるのか」という、行動のメカニズムについて研究する学問です。
この学問の「サワリ」をご紹介させていただくと、我々は「自分の行動・発言・ふるまい」によって、「好ましい結果」が得られると、同じ行動を繰り返す可能性が上がり、「好ましくない結果」が得られると、同じ行動を繰り返す可能性が下がる、というものです。前者を「行動が強化される」といい、後者を「行動が弱化される」と呼びます。(わかりやすくシンプルに表現していますので、詳しくは関連図書等をご覧ください。お薦めは「行動分析学入門」(集英社新書:杉山尚子著)です)
つまり、部下が自分の行動・発言・ふるまいなどによって上司に褒められ、褒められたことを「好ましい」と感じるならば、同様の行動・発言・ふるまいをする可能性が上がる、ということです。上司が部下の好ましい行動を「強化した」という言い方ができます。逆に、好ましい行動・発言・ふるまいに対して、上司が特に反応を示さなければ、部下はその行動の良し悪しが分からず、やらなくなってしまうかもしれません。
部下の好ましい行動・発言・ふるまいを増やせるならば、上司にとってもマネジメント的なメリットがある、といえそうです。
なぜ褒めないのでしょうか?
ところで、なぜ部下を褒めない上司が多いのでしょうか。前述の管理職研修において、受講者にその理由を尋ねてみると、多い答えは以下のとおりです。
・褒めると調子に乗るから
・言葉にしなくても伝わっているはず
・褒めるような出来事がないから
まず「褒めると調子に乗るから」ですが、皆さんはどうでしょうか。仕事で上司に褒められたとして、調子に乗ったり、図にのったり、つけあがったり、おごり高ぶったりしますか?人にもよりますが、多くの方はそういった極端にネガティブな方向にはむかわないと思います。もちろん、いい意味で「調子に乗る」のであれば、むしろ歓迎すべきでしょう。
次に「言葉にしなくても伝わっているはず」はどうでしょう。ある意味、日本人らしい「察する文化」の表れとも言えますね。言葉にしなくても、通じ合えるくらい部下と意気投合しているのであれば、それはそれで素晴らしいと思います。ですが、ひょっとしたら思っているほどは伝わっていないかもしれません。であれば、言葉にした方がわかりやすいし、間違いないですよね。人間には言葉という道具があるのですから、ぜひ言葉でも伝えましょう。デメリットは少ないと思います。
最後は「褒めるような出来事がないから」です。これについては、部下を「結果」だけで評価する上司に多い気がします。部下がわかりやすい「結果」を出してくれればまだしも、それがないから……というわけです。ですが、そもそも「結果」の出ない部下こそ、積極的にフィードバックして育成につなげたいものです。ぜひ、「結果」だけでなく、「行動」も見てあげてください。「行動」が100%すべて好ましくないという部下はいないと思います。ぜひ「できている点」を見つけてあげてください。
またそれ以前に、そもそも「部下をよく見ていない」のであれば、よく見てあげてください。
部下をよく見て、良いところを見つけたら、あとは言葉に出して伝えていただけば良いと思います。「フィードバックは鏡であれ」とお話ししましたが、鏡である以上、タイムリーであることが大切です。朝、鏡を見て、映るのが「昨日の自分」の姿では、私たちは身なりを整えることができません。フィードバックも同じで、部下が良いことをしたらその場で褒める。これが効果的なフィードバックの原則です。
アイメッセージで上手に褒めましょう
とはいえ、普段「褒め慣れていない」上司が、突然褒めると部下は戸惑うかもしれません。「何か裏があるのでは…!?」とか、「おだてられているようで不自然…」と感じる可能性もあります。
そんなときに便利なスキルが「アイメッセージ」です。「アイメッセージ」の「アイ」は自分のこと。つまり、自分を主語として表現することをアイメッセージといいます。反対に相手を主語として表現するのは「ユーメッセージ」です。私たちは、人を褒めるときはつい「ユーメッセージ」を使いがちです。「仕事が早いね!」「よくがんばったね!」などはユーメッセージです。
もちろん、ユーメッセージであっても、褒めることは良いことです。ただ、相手との関係性によっては、「評価的」な印象を与えてしまう可能性もあります。そんなときは主語を自分にして、アイメッセージで伝えましょう。例えば、「仕事が早いね!」ではなく、「仕事が早いので(私は)助かるよ!」。「よくがんばったね!」ではなく、「がんばってくれて、(私は)とても嬉しいよ!」。相手がどうこう、と評価するではなく、自分がどう感じたか、を自分ごととして伝える言い方です。使い方はシンプルで、いつも使っているユーメッセージの末尾に、「自分はどう感じた」を付け加えるだけです。簡単に使えますし、効果は抜群です。ぜひ、相手を褒めるときはこの「アイメッセージ」を使ってみてください。
「褒める」について、いつも研修でお話ししていることを文字にしてみました。
部下は上司から「自分に関心を持ってもらうこと」を求めています。ぜひ、「上手に褒めることのできる」上司でいてください。(「上手に叱る」についても改めて書きたいと思います)