人生の節目と遺言 ~家族への未来のメッセージ~8 遺言がないと不動産は共有になる? 家族が悩む「共有」の問題
家族を疑うためではなく、今の関係を守るために
前回は、
「独身だから遺言は必要ない」と思われがちな方に向けて、遺言は財産を残すためだけではなく、残された人への思いやりでもあるというお話をしました。
では、家族仲が良く、相続でも困ることがなさそうなご家庭ならどうでしょうか。
今回は、
「仲の良い家族にも遺言は必要?」
というテーマで考えてみたいと思います。
「うちの子どもたちは仲が良いので、遺言は必要ないと思っています」
ご相談の中で、このようなお話を伺うことがあります。
子どもたちは昔から仲が良い。
お正月やお盆には家族が集まる。
困ったときには兄弟姉妹で助け合っている。
親としては本当にうれしいことです。だからこそ、
「自分が亡くなった後も、きっと子どもたちでうまく話し合ってくれる」そう考えるのは自然なことだと思います。
しかし私は、仲の良い家族にこそ考えていただきたいことがあります。
それは、仲が良いことと、相続について同じ結論にたどり着けることは必ずしも同じではないということです。
仲が良くても、立場や事情は違う
例えば三人の子どもがいる家庭を考えてみます。
長男は親の近くに住み、通院や買い物を手伝ってきた。
長女は遠方に住んでいるものの、頻繁に連絡を取り、親を気遣っていた。
次男は仕事や子育てで忙しく、なかなか実家へ帰れなかった。
三人とも親を大切に思っています。
しかし、親との関わり方はそれぞれ違います。
長男には、「自分が一番親の面倒を見てきた」という思いがあるかもしれません。
長女には、「遠くにいてもできる限りのことはしてきた」という思いがあるでしょう。
次男にも、「本当はもっと関わりたかった」という思いがあるかもしれません。
誰が正しい、誰が間違っているという話ではありません。ところが相続になると、それぞれの立場や考え方の違いが現れることがあります。
「平等」と「公平」は同じではない
親としては、「子どもたちには平等に残したい」と考えることが多いと思います。預貯金だけなら比較的分けやすいかもしれません。
しかし、自宅や土地がある場合はそう簡単ではありません。親と同居してきた子はそのまま住み続けたい。別の子は売却した方が良いと考える。思い出があるから残したいという子もいる。どの考えにも理由があります。
だからこそ、話し合いが必要になるのです。
そして実際には、現在の財産だけではなく、もっと昔の出来事が話題になることもあります。
相続では昔の話が出てくることがある
相続の話し合いになると、不思議なことがあります。
それまで誰も口にしていなかった昔の出来事が、突然話題になることがあるのです。
「兄だけ大学へ進学させてもらった」「妹だけ住宅購入の頭金を援助してもらった」「結婚するときにまとまったお金を出してもらった」
親としては、「そのとき必要だったから助けた」という気持ちだったかもしれません。
実際、子どもにはそれぞれ人生の節目があります。進学するとき。結婚するとき。家を購入するとき。事業を始めるとき。
親として、その時々でできる範囲の応援をしてきたというご家庭も多いのではないでしょうか。
ところが相続になると、「それも含めて考えた方が公平ではないだろうか」という話になることがあります。
法律には、このような生前の援助を相続の際に考慮する仕組みがあります。これを特別受益※1といいます。
もっとも、本当に大切なのはお金の額そのものではありません。親がどのような思いで援助したのか。兄弟姉妹みんなに同じような気持ちを持っていたのか。そのことが分からなくなってしまうことです。
親としては、「困っていたから助けた」だけかもしれません。あるいは、「兄弟姉妹の一人を特別扱いしたつもりはなかった」ということかもしれません。
しかし、その思いを説明できるのは本人だけです。
だからこそ私は、親自身が元気なうちに、自分の考えを残しておくことが大切なのではないかと思うのです。
遺言は家族に考えを伝える手紙でもある
遺言というと、「誰に何を相続させるか」を書くものと思われがちです。
もちろん、それも大切です。
しかし私は、それだけではないと思っています。
なぜそのように考えたのか。なぜその分け方にしたのか。子どもたちに何を伝えたいのか。そうした思いを言葉として残すことにも大きな意味があります。
遺言を書くことは、財産を分ける準備であると同時に、家族へ「私はこう考えていた」を伝えることでもあります。
その言葉が残されていれば、家族は安心して前を向くことができるかもしれません。
仲の良い家族だからこそ、遺言を考える
私は、遺言を書くことは家族を疑うことではないと思っています。
「子どもたちは争うかもしれない」と考えるから作るのではありません。
むしろ反対です。仲の良い兄弟姉妹だからこそ、これからも良い関係を続けてほしい。親の考えを推測して悩んでほしくない。大切な時間を手続きや判断に費やしてほしくない。だからこそ、自分の考えを残しておくのです。
遺言は財産を分けるためだけのものではありません。
家族が安心して未来へ進むための道しるべでもあります。
仲の良い家族だから遺言が不要なのではありません。
仲の良い家族だからこそ、その関係を未来へつなぐために遺言を考える。
私は、そのように思います。遺言は、大切な家族へ思いを伝える「家族への未来のメッセージ」なのです。
注釈
※1 特別受益
相続人の一人が、生前に住宅購入資金、結婚資金、事業資金などの援助を受けていた場合に、その利益を相続の際に考慮する制度です。
例えば、
住宅購入時の頭金援助
開業資金の援助
多額の結婚資金の援助
などが話題になることがあります。
ただし、どのような支援が特別受益にあたるかは、金額や家庭の事情などによって判断されます
次回予告
「遺言を書くと縁起が悪い?」
遺言は人生の終わりを考えるためのものではなく、これからの人生と大切な家族の未来を考えるためのもの。そんな視点から、次回は遺言への心理的な抵抗感について考えてみたいと思います。


