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財産が少ないから遺言はいらない?=人生の節目と遺言 ~家族への未来のメッセージ~ 12 

笹和也

笹和也

テーマ:遺言は身近なもの

「うちは揉めるほど財産がない」と思っていませんか
「うちは財産が少ないから、遺言なんて必要ないよ」
遺言のお話をすると、とてもよく聞く言葉です。
確かに、テレビや新聞で取り上げられる相続トラブルは、多額の預貯金や広い土地を持つ資産家の事例が中心です。
そのため、
「相続でもめるのはお金持ちの話」
「普通の家庭には関係ない」
と思われている方も少なくありません。
しかし、実際に相続の相談を受けていると、私は必ずしもそうではないと感じています。
むしろ、ごく普通の家庭だからこそ、遺言があった方がよかったと思う場面があるのです。

相続トラブルはお金持ちだけのものではない

家庭裁判所の司法統計によると、令和6年に新たに受け付けた遺産分割事件は、調停が17,013件、審判が2,537件、合計19,550件でした。
毎年、多くの家族が当事者だけの話し合いでは解決できず、家庭裁判所の調停や審判を利用していることになります。
さらに注目したいのは、認容または調停成立となった遺産分割事件のうち、遺産の価額が5,000万円以下の事件が約78%を占めていることです。
この数字を見ると、
「財産が少ないから揉めない」とは言い切れないことが分かります。
家庭裁判所に持ち込まれる遺産分割事件の多くは、必ずしも一部の資産家だけの相続ではありません。
私たちの身近にある、普通の家庭でも起こり得る問題なのです。

相続でもめる原因はお金だけではない

相続でもめるというと、お金の取り合いを想像する方が多いでしょう。
もちろん、そのような事例もあります。
しかし実際には、それ以前の問題として、
「親がどのような財産を持ち、どうしてほしいと考えていたのか分からない」
という状態から話し合いが始まることがあります。
例えば、
•親の通帳がどこにあるのか分からない
•預貯金がいくらあるのか分からない
•生命保険に加入していたのか分からない
•どこに不動産を持っているのか分からない
•借入れや未払い金があるのか分からない
•親が実家を残したかったのか、売りたかったのか分からない
このように情報が不足した状態では、相続人同士が安心して話し合うことができません。
そして、分からないことが積み重なると、やがて、
「誰かが何かを隠しているのではないか」
という疑いが生まれてしまいます。

兄弟の会話から始まる疑心暗鬼

親が亡くなり、兄と弟が実家で遺産について話し合う場面を考えてみましょう。
残された主な財産は、親が暮らしていた実家と、いくらかの預貯金です。
一見すると、複雑な相続には見えません。
ところが、話し合いを始めると、少しずつ空気が変わっていきます。
________________________________________
兄
「通帳を確認したら、預金は300万円くらいだったよ」
弟
「本当にそれだけなの?親父は、もう少し持っているようなことを言っていたけど」
兄
「俺が見つけた通帳はこれだけだよ」
弟
「兄貴は近くに住んでいて、病院の付き添いや買い物もしていたよね。ほかにも通帳を預かっていたんじゃないの?」
兄
「そんなものは預かっていないよ。それに、俺は頼まれて世話をしていただけだ」
弟
「責めているわけじゃない。ただ、何も聞かされていないから確認したいんだよ」
兄
「それなら自分で調べればいいだろう。俺だって全部知っているわけじゃない」
________________________________________
弟としては、財産の全体を確認したいだけだったのかもしれません。
兄も、親の世話をしながら、できる範囲で財産を整理していただけかもしれません。
ところが、情報が共有されていないため、弟の質問は兄には「疑われている」と聞こえます。
兄の強い返事は、今度は弟に「何か隠しているのではないか」という印象を与えてしまいます。
さらに、話が実家の扱いに移ります。
________________________________________
兄
「親父は、この家を俺に残したいと言っていたよ」
弟
「それは初めて聞いた。遺言書はあるの?」
兄
「遺言書はないけれど、何度かそう言っていた」
弟
「俺には、誰も住まないなら売ってもいいと言っていたよ」
兄
「それは、いつの話だ?」
弟
「2年くらい前かな」
兄
「俺が聞いたのは、その後だ。親父は考えを変えたんじゃないか」
弟
「でも、口頭で言ったことだけでは、本当のところは分からないだろう」
________________________________________
兄も弟も、うそをついているとは限りません。
親が、その時々の気持ちを、それぞれに話していた可能性もあります。
しかし、親が亡くなった今となっては、どちらが最後の意思だったのかを確認することはできません。
最初は財産を整理するためだけの話し合いだったはずです。
それがいつの間にか、
「兄は財産を隠しているのではないか」
「弟は実家を売って現金が欲しいだけではないか」
という疑いに変わってしまいます。
問題の始まりは、財産が少なかったことではありません。
財産についての情報と、親の考えが残されていなかったことなのです。

遺産分割協議には「行司役」がいない

私は、遺産分割協議には「行司役」がいないと感じることがあります。
相続人はそれぞれ、自分の記憶や立場、生活上の事情をもとに意見を述べます。
しかし、その話し合いには、本来最も事情を知っていて、方向性を示すことができるはずの人がいません。
亡くなった親です。
生前であれば、
「この家は長男に引き継いでほしい」
「家を引き継ぐ代わりに、ほかの子には預貯金を渡したい」
「誰も住まないのであれば、無理に残さなくてもよい」
と、自分の考えを説明できます。
なぜそのように考えたのかも、子どもたちに伝えられます。
しかし相続が始まった後は、その本人に確認することができません。
「父はこう言っていた」
「私は違う話を聞いていた」
それぞれの記憶を頼りに話し合うため、誰の話を基準にすればよいのか分からなくなります。
また、相続人の一人が積極的に話を進めようとすると、それだけで、
「自分に有利な形へ持っていこうとしているのではないか」
と受け取られることもあります。
話し合いをまとめる人と、財産を受け取る当事者が同じであるため、進行役の中立性が疑われやすいのです。
これが、遺産分割協議の難しいところです。

財産が少ないほど分けにくいこともある

例えば、相続財産が次のような内容だったとします。
•預貯金300万円
•実家の土地と建物
•相続人は兄弟2人
財産の種類も数も、それほど多くありません。
しかし、実家は二つに切って分けることができません。
兄が実家を相続するのであれば、弟との公平を図るため、兄が弟へお金を支払う方法も考えられます。
ところが、兄に支払うだけの預貯金がなければ、その方法を選ぶことも難しくなります。
かといって実家を共有名義にすれば、将来、売却や大規模な修繕をするときに、再び兄弟で話し合わなければなりません。
実家を売却して現金で分ける方法もありますが、兄が家を残したいと考えていれば、簡単にはまとまりません。
このように、財産が少ない相続では、調整に使える預貯金が少ない分、かえって分け方の選択肢が限られることがあります。
問題は財産の額ではなく、分けにくい財産が相続財産の中で大きな割合を占めていることなのです。

遺言は家族への「説明書」にもなる

私は、遺言の役割の一つは、
「家族への説明書」
だと思っています。
遺言書には、誰にどの財産を相続させるのかを記載できます。
また、付言事項を使い、なぜそのような分け方にしたのかという気持ちを伝えることもできます。
例えば、
「長男には、これまで私の生活を支えてもらったため、実家を引き継いでほしい」
「次男には、実家を長男に託すことを理解してもらいたい」
「二人が将来、実家を負担に感じるのであれば、話し合って売却して構わない」
このような考えが残されていれば、兄弟は親の意思を踏まえて話し合うことができます。
もちろん、遺言があれば絶対にもめないというわけではありません。
遺留分など、別に検討しなければならない問題が生じる場合もあります。
それでも、
「親はどうしてほしかったのだろう」
という最も大きな迷いを減らすことはできます。
なお、財産の所在や金融機関の口座、保険、不動産、借入れなどの情報は、遺言書だけですべてを管理するのではなく、財産目録やエンディングノートなどに整理しておくことも有効です。
財産の分け方は遺言書に、財産を探すための情報は財産目録などに整理する。
この二つを準備しておくことで、残された家族の負担をより軽くできます。

財産が少ないからこそ、考えを残しておく

家庭裁判所の統計が示しているのは、相続トラブルが決して特別なお金持ちだけの問題ではないということです。
相続が難しくなる原因は、単に財産額が多いことだけではありません。
•故人の考えが分からない
•財産の全体像が見えない
•情報が相続人の間で共有されていない
•実家などの分けにくい財産がある
•話し合いを中立的に進める人がいない
こうした状況が重なることで、それまで仲の良かった家族にも疑心暗鬼が生まれます。
私は、
「財産が少ないから遺言はいらない」
ではなく、
「限られた財産だからこそ、自分の考えを残しておきたい」
と考えています。
遺言とは、財産をたくさん持っている人だけが作るものではありません。
残された家族が迷ったときに立ち返ることのできる、未来へのメッセージなのです。
________________________________________
次回予告
「子どもたちは仲が良いから遺言はいらない?」
仲の良い兄弟姉妹であっても、結婚、住宅ローン、介護、親との同居など、それぞれに異なる事情があります。
次回は、家族仲の良さだけでは解決できない相続の難しさと、遺言が果たす役割について考えます。

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笹和也
専門家

笹和也(行政書士)

あん行政書士事務所

「前向きに生きるためのツール」として遺言書を捉え直し、作成・見直しまで伴走。少人数制の遺言作成講座も実施。40年の行政実務と補助金担当の経験を生かして、補助金申請、許認可申請もサポートします。

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