人生の節目と遺言 ~家族への未来のメッセージ~3
残された人と社会のために、今できること
「私は独身ですから、遺言は必要ないと思っています」相続のご相談で、このようなお話を伺うことがあります。
配偶者はいない。
子どももいない。
自分が亡くなっても、財産を巡って争う家族はいない。
そう考えると、遺言も相続対策も必要ないように思えるかもしれません。
しかし、本当にそうでしょうか。
独身の方にこそ、一度考えていただきたいことがあります。自分が亡くなった後、誰が手続きをし、誰が困るのだろうか。
そして、もう一つ。
自分が大切にしてきたものや、生きてきた足跡を、誰に託したいのだろうか。
ということです。
行政書士を目指す原点になった出来事
私が行政書士を目指したきっかけの一つも、相続に関係する出来事でした。
町内会の会員の方が亡くなられたことをきっかけに、人が亡くなった後には、どのような手続きが必要になるのだろうと調べ始めました。
戸籍を集める
相続人を確認する。
預貯金の手続きをする。
不動産の名義を変更する。
公共料金やさまざまな契約を整理する。
調べるほど、亡くなった後には多くの手続きが残され、その一つひとつを、誰かが引き受けなければならないことが分かりました。
また、親族から依頼を受け、戸籍を集めた経験もあります。当初は、すぐに終わるだろうと思っていました。
ところが、必要な戸籍をたどるうちに対象となる親族の範囲が広がり、すべてをそろえるまでに半年近くかかりました。役所で働いた経験がある私でさえ、それだけの時間を要したのです。
仕事をしながら手続きをする方であれば、どれほど大きな負担になるでしょう。頼れる親族がいなければ、誰が手続きを担うのでしょう。
この経験から、私は一つの現実を知りました。
準備をして最期を迎える場合と、何も決めずに最期を迎える場合とでは、残された人の負担が大きく違う。
亡くなった後の問題は、本人が思っている以上に、周囲の人へ引き継がれていくのです。
「親族がいる」と「頼れる人がいる」は同じではない
独身といっても、事情は人によって異なります。
兄弟姉妹や甥、姪がいる方もいます。
しかし、長い間連絡を取っていないこともあります。
親族はいるけれど、遠方に住んでいる。
高齢になっていて、手続きを頼めない。
関係が薄く、財産や葬儀の話をしたこともない。
一方で、親族ではなくても、近くで親身に支えてくれている友人や知人がいる方もいます。ところが、相続では、日頃から支えてくれた人よりも、疎遠な親族が相続人になることがあります。どれほど親しく支え合っていても、友人や知人が当然に相続人になるわけではありません。
何も決めておかなければ、本人が大切にしてきた人間関係ではなく、法律で定められた順序に従って財産が引き継がれます。
これは法律上必要な仕組みです。
しかし、それだけで本人の望んだ結末になるとは限りません。
法律は財産を整理できても、想いまでは整理できない
相続人がいるかどうか明らかでない場合や、相続人全員が相続放棄をして相続する人がいなくなった場合には、家庭裁判所が申立てにより相続財産清算人を選任することがあります。
相続財産清算人は、亡くなった方の債務を支払うなどして財産を清算します。特別縁故者への財産分与が行われる場合もありますが、清算後に残った財産は国庫へ帰属することになります。
この制度によって、残された財産は法律に従って整理されます。けれども、制度が伝えてくれるのは、財産の額や権利関係です。
その人がどのような人生を歩んできたのか。 誰に支えられ、誰に感謝していたのか。
何を大切にし、何を次の世代へ残したかったのか。そこまでは、法律上の清算手続きだけでは伝わりません。
人生には、それぞれの物語があります。
働いて得た財産。
長年暮らした住まい。
大切に集めてきた品々。
支えてくれた友人。
応援してきた活動や団体。
それらが本人の意思を知られないまま、ただ「残された財産」として処理されるとしたら、何とも寂しく、無念なことではないでしょうか。
財産は、残せばよいわけではない
もっとも、財産は残せば喜ばれるとは限りません。特に不動産には注意が必要です。
誰も住まない戸建て住宅。
買い手が見つからない土地。
管理する人のいないマンション。
こうした不動産には、固定資産税や管理費、修繕積立金などの負担が伴います。売却や処分が難しければ、受け取った人にとって重荷になることもあります。
マンションの場合、相続後の連絡先が把握できなければ、管理組合の運営にも影響します。国のマンション標準管理規約でも、相続によって区分所有権を取得した人の届出や、所在が分からない区分所有者への対応が示されています。
だからこそ、遺言では単に「誰に渡すか」を決めるだけでは足りません。
その人が受け取れるのか。
管理できるのか。
売却した方がよいのか。
現金に換えて渡す方がよいのか。
受け取る人の事情まで考えておく必要があります。
財産をそのまま残して判断を委ねることは、場合によっては問題の先送りになってしまいます。
遺言は「迷惑をかけないため」だけのものではない
独身の方の終活というと、「人に迷惑をかけないため」という言葉がよく使われます。
もちろん、残された人の負担を減らすことは大切です。
けれども、その言葉だけでは少し寂しく感じます。
人は、迷惑をかけないためだけに準備するのではありません。
お世話になった人へ感謝を伝える。
親身になってくれた人へ財産を託す。
応援してきた団体へ寄付する。
大切にしてきた品を、その価値が分かる人へ引き継ぐ。
遺言があれば、法定相続人以外の人や団体に財産を遺贈する道を選ぶことができます。不動産についても、遺言による遺贈を前提とした登記手続きが整備されています。
そこには、単なる財産処分を超えた意味があります。
自分が何を大切にして生きてきたのかを、最後に自分の言葉で示す。
それも遺言の役割ではないでしょうか。
生命保険には入るのに、遺言は後回しになる
多くの方が、万一に備えて生命保険に加入しています。
病気になったときのため。
働けなくなったときのため。
亡くなった後、残された人がお金に困らないため。
まだ起きていない将来に備えて保険料を払い続けることを、私たちは自然に受け入れています。
ところが遺言になると、
「まだ早い」「財産が少ない」「縁起でもない」と、つい先送りしてしまいます。
しかし、生命保険と遺言は、まったく別のものではありません。
生命保険は、残された人にお金を届けるための備え。
遺言は、残された人に迷いと負担を残さないための備え。
どちらも、万一のときに大切な人や周囲を守るためのものです。
むしろ、頼れる家族が身近にいない方ほど、自分の意思を残す必要性は高くなります。
独身だからこそ、自分で決めておく
独身だから、遺言はいらない。
そう考えるのではなく、独身だからこそ、自分で決めておく。
誰に託したいのか。
誰に感謝を伝えたいのか。
何を残し、何を整理しておきたいのか。
不動産や家財を、どのように処分してほしいのか。
何も決めなければ、残された人が考えます。
しかし、その人たちは、本人の本当の希望を知りません。
迷いながら決め、後になっても「これでよかったのだろうか」と考え続けるかもしれません。
遺言を書くことは、死を意識することではありません。
自分の人生を、自分の意思で締めくくる準備です。
そして、自分が生きてきた足跡を、必要な人や社会へつないでいくことでもあります。
財産の多い少ないは、本質ではありません。
大切なのは、「私はこう生き、これを大切にしてきた」という意思を残すことです。
独身だから遺言が必要ないのではありません。
独身だからこそ、本人に代わって意思を伝えてくれる遺言が必要になることがあります。
遺言は、財産を残すためだけのものではありません。
お世話になった人へ感謝を伝え、残された人の迷いを減らし、自分が生きてきた証を未来へつなぐためのものでもあるのです。
次回は、
「仲の良い家族にも遺言は必要?」
についてお話しします。


