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なぜ「画像に異常がない」と言われる痛みが、あなたの日常を脅かし続けるのか

小木曽信裕

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病院でレントゲンを撮り、高精度なMRI検査を重ねても、「どこも悪くありません」「骨も神経も綺麗です」と言われる。それなのに、朝起きて靴下を履こうと体を屈めた瞬間や、トイレでお尻を拭こうと腕を後ろに回した瞬間に、肩甲骨の奥深くがジリジリ、ズキズキと不快に疼き出す。このような、医療機関のデジタルな目には映らないけれど、確かに存在する「動くときの激しい痛み」に悩まされている方は、決して少なくありません。

なぜ、現代の先進医療の機械をもってしても、その痛みの原因を捉えることができないのでしょうか。理由は極めてシンプルです。画像検査は状態の確認に非常に便利ですが、ベッドの上に仰向けに寝た状態、つまり「体が全く動いていない静止画」を切り取っていることが多いためです。あなたの肩甲骨の奥を襲う痛みは、骨が変形しているからでも、椎間板が完全に潰れているからでもない可能性があります。日常の何気ない動作の中で、筋肉やそれを包む膜、そして張り巡らされた神経が「動的にぶつかり合い、擦れ合っている」という、動きのプロセス(過程)の中で発生していることもあるためです。この、動いているときにしか現れない異常のメカニズムを紐解くためには、静止画ではなく、人間の体がどのように連動して動いているかという「運動のつながり」に目を向ける必要があります。

首と胸に潜む「二つの関門」が神経の血流をストップさせる、多重絞扼というミステリー

では、具体的に体の内部ではどのようなトラブルが起きているのでしょうか。ここで登場するのが、医学界でも注目されている「多重絞扼症候群(ダブルクラッシュシンドローム)」という概念です。人間の首からは、腕や指先へと向かう「腕神経叢(わんしんけいそう)」という、太い電気コードのような神経の束が伸びています。この神経の束は、指先にたどり着くまでに関門のような幾つもの狭いトンネルをくぐり抜けていきます。

このトンネルのうち、特に重要なのが首の横にある「斜角筋隙(しゃかくきんげき)」と、胸の奥、肩甲骨の前側にある「小胸筋下間隙(しょうきょうきんかかんげき)」の二つです。ダブルクラッシュとは、例えるならホースの二箇所を同時に軽く踏んでいるような状態です。一箇所を踏まれているだけなら、水(神経の血流や電気信号)はなんとか流れますが、二箇所を同時に踏まれると、流れは完全にストップしてしまいます。スマートフォンの画面を凝視して首が前に出た姿勢が続くと、まず第一の関門である首の筋肉が緊張して神経を圧迫します(一箇所目のクラッシュ)。この初期段階では、まだ明確な痛みとして自覚されないことも多いのです。しかし、その状態のまま「靴下を履く」「お尻を拭く」といった、神経がさらに引き伸ばされる動作を行うことで、第二の関門である胸の奥の筋肉でも神経が強く圧迫され(二箇所目のクラッシュ)、限界を迎えた神経が「肩甲骨の奥の猛烈な疼き」として脳にSOSを送るのです。

靴下を履くわずか数秒の間、首の奥で起きている「膜のネバネバ大渋滞」

まず、日常の具体的な動作から病態を見ていきましょう。一つ目の場面は「靴下を履く動作」です。椅子に座る、あるいは床に座って体を前に丸め、足を自分の方に引き寄せながら手を伸ばす動き。一見すると腰を曲げているだけの単純な動きに思えますが、解剖学的に見れば、頭の先から背骨、骨盤、そして指先に至るまでの全身の組織が、ダイナミックに前方向へスライドしていく高度な運動です。

本来、このとき首の筋肉を包んでいる「深層筋膜(しんそうきんまく)」という組織は、潤滑油のような役割を持つヒアルロン酸のおかげで、サラサラと滑るように動くはずです。しかし、日頃の姿勢の悪さや運動不足が重なると、このヒアルロン酸が熱を失って冷えた油のようにドロドロ、ネバネバとした状態に変質します。これを医学的には筋膜の「高密度化」と呼びます。筋膜がネバネバと膠着すると、その中を走っている神経は周囲の組織に文字通り「へばりついて」しまいます。この状態で靴下を履こうと体を前に倒すと、へばりついた神経が無理やり引き伸ばされ、首の付け根から肩甲骨の内側(長胸神経や肩甲背神経といった、肩甲骨を支える重要な神経のルート)にかけて、ズキーンという引き裂かれるような重だるい痛みが走るのです。これは骨の病気ではなく、組織の「滑りやすさ」が失われたことによる大渋滞なのです。

お尻を拭くために腕を後ろに回した瞬間、胸の奥で擦れる「隠れた神経の悲鳴」

二つ目の場面は、さらに複雑な動きを必要とする「お尻を拭く動作」や「背中のものに手を伸ばす動作」です。このとき、腕は体の後ろ側へ回り、同時に内側へとねじられます(専門的には肩関節の内旋・結帯動作と呼びます)。この動きを行う際、肩甲骨は胸の筋肉に引っ張られることなく、肋骨のカーブに沿って滑らかに外側や前側へと回り込まなければなりません。

ところが、デスクワークなどで「巻き肩」や「猫背」が癖になっている人は、胸の奥にある「小胸筋(しょうきょうきん)」という小さな筋肉と、その周囲を覆う「烏口鎖骨胸筋膜(うこうさこつきょうきんまく)」が、縮んだ輪ゴムのようにガチガチに固まっています。この胸の前側の硬さこそが、最大の罠です。腕を後ろに回そうとした瞬間、胸の前側に神経が滑り込むためのスペース(逃げ道)が完全に消滅しているため、太い神経の束が、硬化した小胸筋の硬い筋線維に対して強烈に押し付けられます。ここで「剪断応力(せんだんおうりょく)」という、組織が互いに反対方向へ擦れ合う強い摩擦力が発生します。不思議なことに、神経は押し潰されている胸の前側ではなく、その信号を「肩甲骨の奥深くの疼き」として感じ取ってしまう性質があります。これが、胸が原因なのに背中側が痛むという、身体の「配線のバグ」が起こる仕組みです。

痛い場所をマッサージしても無駄に終わる理由と、動きの「サボり」という真犯人

ここまでお読みいただければ、痛む場所である「肩甲骨の奥」をどれだけ力任せにマッサージしたり、電気を当てたりしても、なぜ効果がその場限りで、すぐに痛みが戻ってしまうのかがお分かりいただけるはずです。肩甲骨の奥は、いわば「首と胸のトラブルの煽りを受けて、引っ張られ、いじめられている被害者」に過ぎないからです。真犯人は、神経の通り道を狭くしている首と胸の硬さ、そして何よりも、その状態を放置して間違った体の使い方を続けている「脳の運動プログラム」にあります。

人間の体は非常に賢く、どこかの動きがサボって動かなくなると、別の場所がその分を過剰に動いて補おうとします。これを「微細運動代償(マイクロ・コンペンセーション)」と呼びます。胸の肋骨(胸郭)がガチガチに固まって呼吸の時に動かないため、靴下を履くときに首の筋肉がサボった胸の分まで過剰に働いて頭を支えようとする。お尻を拭くときに、肩甲骨を支えるインナーマッスル(前鋸筋や僧帽筋下部)がサボっているため、胸の小胸筋が過剰に緊張して肩甲骨をロックしてしまう。この「動きのサボりと過剰労働」のアンバランスを解決しない限り、いくら局所の筋肉をほぐしても、次に同じ動作をした瞬間に、再び神経は踏み潰されることになります。

人形のように潰れた背骨を縦に引き伸ばす、「軸伸展」という魔法のコントロール

では、この神経の二重の罠から抜け出し、どんな動作をしても疼かない体を取り戻すには、どうすればよいのでしょうか。その根本的なアプローチとして極めて有効なのが、ピラティスの真髄である「Axial Elongation(軸伸展:エロンゲーション)」というモーターコントロール(運動制御)の習得です。

軸伸展とは、単に姿勢を良くして胸を張るということではありません。多くの人は胸を張ろうとすると、腰を反らせたり、逆に首を後ろに反らせたりして、さらに神経を圧迫する間違った姿勢をとってしまいます。正しい軸伸展とは、骨盤から背骨、そして頭蓋骨に至るまでの積み木を、一つずつ垂直方向に優しく、かつ力強く引き離していく感覚です。イメージとしては、頭のてっぺんが天井に向かってすうっと吸い上げられ、背骨と背骨の間のクッション(椎間板)に広大なスペースが生まれていくような動きです。このコントロールが身につくと、第一の関門である首の「斜角筋隙」が物理的に上下に引き伸ばされて広がります。結果として、首の筋肉は頭の重みから解放されて自然と余計な緊張が抜け、ホースを踏んでいた一つ目の足が完全に退くことになるのです。

サボり筋を呼び覚まし、肩甲骨を肋骨の上で滑らかに「滑らせる」未来へ

首のトンネルを広げたら、最後に行うべきは、サボっていた肩甲骨の周囲の筋肉(インナーマッスル)にスイッチを入れ、正しい動きの軌道を脳に再学習させることです。特に、肩甲骨を肋骨の壁にぴったりと吸い付かせるように安定させる「前鋸筋(ぜんきょきん)」と、肩甲骨を下に引き下げる「僧帽筋下部(そうぼうきんかぶ)」の協調した働きが不可欠です。

この二つの筋肉が目覚めると、腕を後ろに回したときや前に伸ばしたときに、肩甲骨はただ闇雲に動くのではなく、肋骨の丸みに沿って「滑らかに、引っかかりなくスライド」するようになります。肩甲骨が正しい軌道で動くようになれば、第二の関門である胸の「小胸筋下間隙」に、神経が擦れずにすむ十分なスライドスペースが常に維持されます。これにより、靴下を履くときも、お尻を拭くときも、神経は一切のストレスを受けることなく、滑らかにその進路を保つことができるようになります。画像に映らない痛みの深淵にあるのは、骨の変形ではなく、あなたの体が忘れてしまった「正しい動きの調和」です。その調和をピラティスなどによるアプローチで脳と体に再び教え込むことこそが、ジリジリとした疼きから解放され、ストレスのない軽やかな日常を取り戻すための近道です。

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小木曽信裕
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小木曽信裕(理学療法士)

THYME Physical Coorditioning Academy(たいむフィジカルコーディショニングアカデミー)

理学療法士に直接相談ができ、機能改善の施術と健康維持のためのエクササイズをワンストップで実現。体や健康についての正しい知識の提供を重視する独自の理念「ラーニングリハビリ」をサポート。

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