小倉の海で心をつなぐ灯台:岩松助左衛門さんの情熱と挑戦
確証バイアスという“自動検索機能”
人間には、「自分が信じたい情報だけを集めるクセ」があります。
これを確証バイアスといいます。
職場の中でも良く聞くのではないでしょうか?
先ずはいくつかの言葉を。
普通だったら、こんな考え方ですよね。
普通だったら、こうですよね?
この“普通”が、なかなか強い。
誰が決めたのか分からない。
だけど、なぜか逆らいにくい。
普通って便利です。
自分の意見を言わなくてもいいから。
「世間」を盾にできるから。
でも、その“普通”って、何の基準からでしょうか?
そもそも、本当に世間なのでしょうか。
みんな困っているって言ってます
これも、よく聞きます。
「みんな困っているって言ってます。」
その“みんな”は、何人ですか?
声の大きい人が3人言えば、
それはもう“みんな”になることがあります。
うなずいている人も、
本心かどうかは分かりません。
黙っている人は、
賛成として数えられているかもしれない。
とはいえ、本人はただ黙っているだけかもしれません。
みんなが止めた方がいいって言ってるよ
この言葉は、さらに影響力があります。
みんな止めた方がいいって言ってるよ。
就職や転職や退職もそう。
新しいことを始めようとする人生の選択にまで
“みんな”が登場する。
けれど、決断の責任を取るのは
“みんな”ではありません。
自分です。
“みんな”は、
最後まで一緒に責任を負ってはくれません。
海外ではどう受け止められるか
この「普通だったら・みんな言ってるよ・みんなやってるよ」って何でしょう?
海外にももちろん「みんな」はあります。
けれど反応は少し違います。
アメリカでは
「みんなそうだよ」と言われると、
「私はどう思うか」を返す人が多い。
ドイツでは
「それは誰のデータ?」と根拠が必要。
状況を確認されることも多々。
フランスでは
「私は違う」で会話が始まる。
文化の違いはありますが、
“みんな=正解”
にはなりにくいのです。
日本は“空気”が1票を持っている
日本では、沈黙が同意と受け取られやすい。
言わない=賛成。
だから“みんな”が成立しやすい。
空気が1票持っているような感覚です。
空気を読む力は、日本の強みでもあります。
衝突を減らし、
配慮を生み、
チームを円滑にする力。
ただし問題は、
空気だけで判断してしまうこと。
その“みんな”って、何人ですか?
結局のところ、私も伺います。
その“みんな”って、何人ですか?
だからこそ、あなたが次に
「みんな困っていますよ。」
と言われた他としたら。
疑問を持って
「その“みんな”って、何人ですか?」
確認してみる。
責める必要はありません。
ただ、確かめるだけです。
思っているより、“みんな”は小さいことが多いとわかりますよ。
1000人単位でしたら信じていいかも。
(´∀`*)ウフフ




