火曜日は、ひとりで始めるチャンスの日
シリーズVol.16をお届けします。
今回のテーマは、「気づいてくれていた」が支えになる。
見守ることの力と、沈黙ケアについてです。
産業カウンセリングの現場では、
「何も言われなかったけれど、気づいてくれていた気がする」
という声に出会うことがあります。
それは、言葉による支援ではなく、
“見守られていた”という記憶が、
働く人の心を支えているということ。
今回は、沈黙の中で育まれるケアの力と、見守るという関わり方の深さについて書いていきます。
言葉がなくても、そばにいてくれた
見守ることも支えになる。
「声はかけられなかったけれど、見てくれていた」
「何も言われなかったけれど、気にしてくれていた気がする」
そんな記憶が、後になって心を支えてくれることがあります。
産業カウンセリングの場でも、
「話しかけられなかったけど、あの沈黙がありがたかった」という声に触れることがあります。
言葉をかけることだけが支援ではない。
見守るという関わり方には、静かで深い力があるのだと思います。
1. 見守ることは、相手のペースを尊重すること
支援の場では、すぐに声をかけたくなることがあります。
ですが、相手がまだ言葉にできていないとき、
その沈黙を尊重することが、何よりのケアになることもあるのです。
- 話す準備が整うまで、待つ
- 無理に問いかけず、ただそばにいる
- 相手の変化に気づいても、すぐに言葉にしない
見守るとは、「気づいているよ」と伝えることではなく、
気づいているけれど、今はそっとしておくという姿勢。
その静かな関わりが、相手の安心につながっていくのです。
2. 沈黙の中にある“気づき”が、支えになる
「何も言われなかったけれど、あのときの沈黙が忘れられない」
そんなふうに語る人がいます。
- しんどいときに、そばにいてくれた
- 何も言わずに、ただ見守ってくれた
- 声をかける代わりに、目線を合わせてくれた
その沈黙には、言葉以上の何かが宿っていることがあります。
産業カウンセリングでは、
「話さなくても安心できる場」を整える。
それも支援の土台になると感じています。
3. 見守ることは、関係性の信頼を育てる時間
見守るという行為には、相手の感情を信じる力が必要。
- 今は言葉にできなくても、いつか話せると信じる
- 今は距離があっても、つながりは続いていると信じる
- 今は沈黙でも、関係性は育っていると信じる
その信頼が、相手の自己理解や自己表現を支える土壌になります。
見守ることは、何もしないことではなく、
“何かを起こすために、今は動かない”という選択でもあるのです。
まとめ
気づいてくれていた記憶が人を支えることがある。
言葉をかけられなかった。
でも、見てくれていた。
その記憶が、後になって心を支えてくれることがあります。
支援とは、語りかけることだけではなく、
沈黙の中で、そっと寄り添うことでもある。
見守るというケアは、
働く人の感情に寄り添い、
その人が自分らしくいられる場を育てていくのだと思います。
次回の予告…
Vol.17|「気にしてくれていた」が届くとき——関係性の中で育つ安心の記憶へ
見守られていたことが、ある瞬間に届く。
その“気づきのタイミング”と、“安心が芽吹く瞬間”について書いていきます。




