意識を積み重ね、無意識を導く:5万人の人材育成と5千人のカウンセリングの経験から

今日のお話は、近代日本の産業発展に多大な影響を与えた福岡県出身の團琢磨氏。
三井財閥の総帥に上り詰めたその人生は、数々の困難を乗り越えながらも、自らの使命に忠実であり続けました。
團琢磨氏の生涯を通じて、その情熱と努力。
そして、福岡の発展に寄与した彼の功績を振り返りを通じて、私達に何ができるのか、一歩踏み出す勇気を持つヒントを探ります。
團琢磨氏:幼少期から留学まで
1858年、福岡藩士の四男として生まれた團琢磨氏。
14歳の時、岩倉使節団に同行し、アメリカのマサチューセッツ工科大学で鉱山学を学びました。
この経験は、後に日本の近代化に大きく貢献するための基礎となっています。
福岡の三池炭鉱の発展と近代化
帰国後、團琢磨氏は福岡県大牟田市と熊本県荒尾市にある三池炭鉱の事務長に就任。
最新の技術を次々と導入し、鉱山の発展に大きく貢献しました。
特に、イギリス製のポンプや巻揚機などを導入。
三池港の築港や鉄道の建設を推進したことが大きな功績です。
これにより、三池炭鉱は日本の産業革命の象徴となり、福岡の経済発展にも大きく寄与しました。
このイギリス製のポンプは、当時世界最大の最新鋭排水ポンプ。
それも複数台導入し、イギリスの文献や百科事典にも紹介されたほど。
現在は、世界文化遺産登録をされています。
苦難を乗り越えたリーダーシップ
團琢磨氏の人生は平坦なものではありませんでした。
鉱山技師としての知識が評価されず、一時は教育者としての道を選ばざるを得なかった時期も。
とはいえ、三井合名理事長に就任し、日本の産業界を牽引する存在となりました。
團琢磨氏のリーダーシップとビジョンは、福岡の発展に大きな影響を与えています。
團琢磨氏の影響力と功績
團琢磨氏は、単なる鉱山技師や実業家に留まらず、日本の近代化を推進し、その基盤を築いた立役者でした。
團琢磨氏の残した言葉のひとつ。
何でもよいから自分のやりかかったことを小でも大でも、し遂げてしまう。
小さいことをいくつも成功していく間に漸々(ぜんぜん)と大きなことにも成功するようになる。
そんな小さな実績や小さな成功の積み重ねから伝わってくるのは情熱と努力。
そのことで、福岡のみならず、日本全体の経済発展に寄与しています。
非業の死による終止符
ですが、昭和7年(1932年)享年75。
團琢磨氏はテロによる暗殺で非業の死を遂げました。
過激な思想集団による暴走は、人の命を奪うことを正義とする歪んだ勢いを生み出します。
どんなに偉業を成し遂げ成功しようと、集団暴走に巻き込まれると犠牲者がでる。
また、どんなに素晴らしい思想であろうととも、暴走すれば辿り着く先は破壊と人命を奪うこと。
團琢磨氏が残したモノとその生涯は、現代にも多くの疑問を投げかけているのではないでしょうか。
~今も昔も思想集団の暴走は人の命を軽んじる無責任な行為~
・・・この記事を書きながら蘇るのは中居正広さんの報道やフジテレビの会見。
これだけの大騒ぎを巻き起こした週刊文春。
その後の取材で中居正広の問題にフジテレビ社員が直接関与していなかったと記事を訂正・謝罪。
フジテレビ狂騒劇は「誤報」による「誤爆」が巻き起こした騒動。
吊し上げられ責められ損の10時間。
集まった取材陣は、なんの調査もなく情報を鵜呑みにしたまま思想を語り、吊し上げする共犯者。
「異例の10時間会見」だと伝えるけれど、その事態を引き起こした自分たちの責任は棚上げ。
私は全部の関係者が関わる「公開私刑」への連帯責任や加害者意識の欠如に不思議で仕方がない。
騒動がおさまったとはいえ、「誤報・謝罪」にも不信感しかありません。
それほどに、むかしむかしの時代から情報操作があっていたことは明白だからです。
まとめ:團琢磨氏から学ぶ勇気と希望
團琢磨氏の人生は決して平坦なものではありませんでした。
幾度もの困難や挫折を経験しながらも、彼は決して諦めることなく、自らの使命に忠実であり続ける姿は、今だからこそ美化できるモノ。
なかでも、團琢磨氏の残した言葉の一つは、心の中に染み渡りました。
まず自己の使命を自覚し、そして堅固不動の自活的精神をもって事にあたるならば、天は自ら助くる者を助くるということを、もとより疑いのないことです。
これまで幾度となく福岡を作ってきた方々を調べ記事をアップ。
どの方も同じく、困難に直面しても決して諦めないこと。
私達が生涯を通じて学べることは数多くあります。
そんな信念と強い意志があればかけがえのない経験という財産が積み上がる。
そして、それを土台に揺るがない才能が開花される。
主観的な考えは事実を湾曲させ歪めて暴走する
ですが、人というのは勝手に事実を湾曲させて歪めることをします。
偏見と思い込みで妬ましく思う。
挙げ句には、自分の置かれた状況と誰かの何かと比較して悲劇の主人公に浸る。
比較と同時に相手や世の中を僻み、不満という主観を増幅させ、ストレス発散のために、事あるごとに攻撃を始める。
これを悲劇の主人公に浸った、主観的な八つ当たりと言わずなんと言おうか。
客観的になることで辿り着く先が切り開かれる
團琢磨氏は、新しい技術を取り入れ、地域や国の発展に寄与し、自らの使命を全うしました。
そのリーダーシップとビジョンは、現在も後世に受け継がれています。
もし、あなたが何かに躓き、諦めそうになっているならば一呼吸いれましょう。
そして、客観的になることから始める。
その時に、團琢磨氏のような方を見本に、信念を貫き、臆することのない生き方に目を向けると良いものです。
小さな実績や小さな成功を積み重ねていくことこそ、やがて大きな成功を手にすることができたと実感することができる。
何かに迷ったときほど、辿り着く先がズレていることが多いものです。
人は自らの使命を見つけ出すと強くなる
團琢磨氏が残した言葉の中に、「小さな実績や小さな成功、その積み重ねが、それこそが大きな実績、大きな成功の礎なのである。」を胸に、一歩一歩前進する勇気を持ち続けること。
そのことこそが、自らの使命を見つけだすための始まり。
自分の人生だからこそ、人の評価や期待に沿って、他人の願望という欲望を満たすために生きる必要はない。
ですが、自分ひとりの願望という欲望だけを満たすためだけに生きることは決してできません。
同じ志を持つ仲間とともに、あなたの未来をより良いものとして築いていきましょう。



