部下や後輩との関係に悩むあなたへ!必見のNG対応5選
産業カウンセラーの鎌田千穂です。
チホズスタジオは福岡市に拠点を置き、オンラインや訪問をあわせた産業カウンセリングを実施。
・事業内容は産業カウンセリング及びコンサルティング。
・人材育成の仕組みづくりのための自発的行動を促す教育研修。
・「業務改善・組織変革」の企画提案実施です。
他にもチホズ文字分析による、人材分析及び提案も。
今回のお話は故郷と河童を愛した男として知られる火野葦平氏
コロナ前に若松でちょくちょく仕事をしていたときに知った作家。
外見とは正反対で繊細だったけれど誤解を受けたいたようです。
そんな火野葦平氏の心の葛藤とその生涯を振り返り、心のあり方について考えます。
火野葦平氏の生涯
遠賀郡若松町(現北九州市若松区)に生まれた火野葦平氏(1907~1960)は、その生涯を通じて多くの困難と向き合いながら生き抜きました。
火野葦平氏は1938年に「糞尿譚(ふんにょうたん)」で第6回芥川賞を受賞。
その後の「兵隊三部作」で国民的人気作家となりました。戦後は北九州を舞台にした作品を多く執筆し、その情景描写と深みのあるキャラクターで読者を魅了。
本名は玉井勝則で、アフガニスタンで人道支援を行った中村哲は火野葦平氏の甥(妹・秀子の子)にあたります。
内なる葛藤:強さと繊細さの狭間で
火野葦平氏は一見、強烈な胆力とカリスマ性にあふれた人物に見えました。
ですが、実際には内向的で繊細な性格を持っていたようです。
このギャップに悩む姿は、私達と何ら変わらない。
数々の受賞をすればするほど、他人の期待が心に影をつくる。
人の期待に答えるために生まれてきたかのように勘違いしがちな私たち自身の姿とも重なります。
そして、無理をして強く見せようとした火野葦平氏の姿は、多くの人々が抱える悩みを映し出しているのではないでしょうか。
戦場の記憶:文学に込めた心の痛みと希望
日中戦争に応召された火野葦平氏は、戦場での過酷な経験を通じて多くの苦悩を抱えました。
その辛さを文学という形で表現。
そのことで自分自身を救おうとしていたのかもしれません。
私達も日々の生活や仕事のストレスから逃れるために様々な工夫をして取り入れます。
とはいえ、自分自身の救い方は、一般論の中からそうそうに見つけられるものではありません。
なぜなら、自分の才能や趣味というものは、自分が「よし!」と決めない限り、探し続けないと見つからないからです。
自分らしさの探求:内なる声を聞く勇気
火野葦平氏は、自分の内面と向き合い続け、自分らしさを表現することの重要性を示しています。
どんなに才能があろうとも、芥川龍之介や北原白秋などの文学作品を通じて、自分の心の声を聞き、それを作品に反映させる努力を続けています。
私たちも、自分の内なる声に耳を傾け、それを表現するために学び、体現化していくこと。
人と比べようとも比べることはできない。
それは、あなたの価値はあなただけのものだからです。
最後に:無理をせずに生きる
1960年1月24日、火野葦平氏は睡眠薬を用いて自らの命を絶ちました。
遺書には「或る漠然とした不安のために」と書かれており、健康不安や経済的な問題、文学的な行き詰まりなどが原因とされています。
火野葦平氏の死は、私たちに「無理をせずに自分自身を受け入れること」の大切さを教えてくれます。
心の支えとなるために:学びと共感
火野葦平氏の生涯と作品は、私たちに多くの教訓を与えてくれます。
火野葦平氏の苦悩や葛藤、そしてそれを乗り越えようとする姿勢は、私たちに勇気を与えます。
無理をせず、自分らしく生きることの大切さを、火野葦平氏の物語を通じて学ぶ。
今一度、自分が思っている以上に、かなりの無理をしていないか振り返ること。
そして、結構辛かったんだとわかったら産業カウンセリングを受けることをオススメします。