新・ブランディングのチカラ 第2回 「好かれる」より「思い出される」
同じようなものが並んでいるとき、なぜ人は、あえて高い方を選ぶのだろう。
この問いに、長年向き合ってきた。値段を下げれば売れる。多くの人がそう考える。けれど実際の現場では、値下げが解決策になったことは、ほとんどない。
価格競争は、誰も幸せにしない戦い
値段を下げるという選択は、一見わかりやすい。けれど、これほど消耗する戦いもない。
下げれば、利益は削られる。削られた分は、どこかにしわ寄せがいく。材料を落とす、人手を削る、丁寧さを手放す。気づけば、値段を下げた理由そのものだったはずの「良いもの」が、少しずつ失われていく。
そして何より、値段の勝負には終わりがない。誰かがさらに安くすれば、また下げる。この競争に、勝者はいない。
高くても選ばれるものには、共通する構造がある
一方で、周りより高い値段でも、迷わず選ばれ続けているものがある。そこには、共通する構造があると私は考えている。
それは、値段の裏に「物語」があるということだ。
誰が、どんな想いで作ったのか。どんな手間をかけているのか。それを手にすることで、自分がどんな気持ちになれるのか。こうした物語が伝わっているとき、人は値段そのものを見なくなる。比較する対象が、もはや同じ土俵に存在しないからだ。
デザインの役割は、この物語に輪郭を与え、伝わる形にすることだと思っている。ロゴや写真、言葉の選び方——そのすべてが、物語を届けるための器になる。
「機能」を売る人と、「意味」を売る人
同じ商品でも、機能を売る人と、意味を売る人がいる。
- 機能を売る人は、性能や価格で勝負する
- だからこそ、常により良い機能、より安い価格を持つ他者に脅かされ続ける
- 意味を売る人は、手にすることで得られる感情・体験・物語を売っている
- 意味は簡単には模倣されないため、価格という土俵で戦う必要がなくなる
安売り競争から抜け出す唯一の道は、機能の勝負をやめて、意味の勝負に移ることだと、私は考えている。
山梨で見た、意味が生まれる瞬間
八ヶ岳のこの土地で仕事をしていると、意味が生まれる瞬間に何度も立ち会う。
丁寧に手をかけた食材、その土地でしか出会えない体験、作り手の顔が見える距離感。これらはすべて、価格の安さでは決して真似できない価値だ。
この土地の生産者や事業者と関わるたびに感じるのは、彼らがすでに「意味」を持っているということ。あとは、その意味を、外の人にちゃんと届く形にするだけだ。それが、私の仕事だと思っている。
値段を先に決めて、そこに商品を合わせるのではない。
物語と意味を丁寧に育てていけば、値段は自然と、後からついてくる。
値段は、最後に決まるもの
高くても選ばれる。それは特別な魔法ではなく、意味を積み重ねた、当然の結果なのだ。
次回は、経営者自身の情熱が、なぜお客さまにうまく伝わらないのか。その理由と、翻訳の技術についてお話ししたい。


