適正原価で運賃が上がったら、給料に回したかまで確認される?――運送会社が今から考えるべき3つの課題
運送業・企業型DC・助成金専門社会保険労務士の吉元です。
2028年6月の導入が予定されている「適正原価」制度。
これまで運送会社の運賃交渉の参考とされてきた「標準的運賃」とは、何が違うのでしょうか。
そして、適正原価制度によって運賃収入が増えた場合、その増収はドライバーの賃金改善につながるのでしょうか。
今回は、標準的運賃から適正原価への制度の変化を踏まえ、運送会社の原価把握と賃金制度について考えます。
1.標準的運賃と適正原価――大きな違いは法的な義務
標準的運賃は、運送会社が荷主などと運賃交渉を行う際の参考指標として、国が告示したものです。
2020年4月に初めて告示され、2024年3月には運賃水準の引き上げなどの見直しが行われました。
ただし、標準的運賃には、告示された金額を守らなければならないという法的義務はありません。
一方、適正原価は、2025年6月に公布された改正貨物自動車運送事業法に基づく制度です。
法律では、適正原価が告示された場合、運送会社は自ら引き受ける運送の運賃・料金が、その適正原価を下回らないようにしなければならないと定められています。
また、他の運送会社に運送を委託する場合も、適正原価を下回らないようにする必要があります。
つまり、
【運賃交渉の参考指標から、法律に基づく原価の下限へ。】
ここに大きな違いがあります。
ただし、適正原価は運送会社が実際に収受すべき運賃そのものを定める制度ではありません。
適正な利潤を含めた運賃をどう確保するかは、引き続き重要な経営課題です。
2.原価計算をしている運送会社は77%。では、その中身は?
国土交通省が公表した「標準的運賃」に関する実態調査では、原価計算を実施している運送会社は約77%でした。
報道発表資料:「標準的運賃」に係る実態調査結果の公表<br>~「標準的運賃」の浸透・活用状況等について調査を実施~ - 国土交通省
002018395.pdf
002018396.pdf
この数字をどう受け止めればよいでしょうか。
約8割が原価計算を実施しているという結果は、一つの前進といえるでしょう。
しかし、ここで考えたいことがあります。
【「原価計算をしている」ことと、「経営判断に必要な原価を把握している」ことは同じなのでしょうか。】
例えば、燃料費、車両費、修繕費、人件費など、会社全体の経費は把握していても、次のようなことまで分かっているでしょうか。
① 車両1台ごとの原価と採算
② 荷主別・運行別の収支
③ 実車率や空車回送による収益への影響
④ 荷待ち・荷役時間に伴う人件費などの負担
⑤ ドライバーの労働時間と賃金の関係
もちろん、すべてを最初から細かく計算する必要はありません。
しかし、原価の内訳や負担が発生している場所が分からなければ、運賃交渉や経営改善に十分生かすことは難しくなります。
3.適正原価が示されれば、運賃は上がるのか?
適正原価が法的な位置づけを持つことは、運送会社にとって重要な変化です。
ただし、制度が導入されれば、すべての運送会社の運賃収入が自動的に増えるわけではありません。
荷主との取引条件、運送内容、多重下請け構造のどの位置にいるかによっても、事情は異なります。
また、燃料費、車両費、修繕費、人件費など、運送会社が負担する費用も変動します。
仮に運賃収入が増加しても、その増収がそのまま利益になるとは限りません。
そこで必要になるのが、自社の原価把握です。
現在の運賃で、どの費用をどこまで賄えているのか。
適正原価との間に、どのような差があるのか。
その差を埋めるために、何を改善し、何を運賃交渉の対象とするのか。
適正原価制度への対応は、国が示す数字を待つだけではなく、
【自社の原価と経営実態を確認することから始まります。】
4.運賃が上がったら、ドライバーの賃金も上がるのか?
ここが、今回のコラムでもう一つ考えたい点です。
適正原価制度は、単に運送会社の運賃収入を増やすための制度ではありません。
トラックドライバーの適切な賃金の確保と、物流の持続可能性の向上が重要な目的となっています。
そのため、国土交通省の検討会では、運賃・料金の上昇分がドライバーの賃金改善に反映されているかを確認する仕組みについても議論されています。
事業報告書の人件費明細表などを活用して賃金の支払い状況を確認する方向性が示されていますが、具体的な判定方法や運用は今後の検討事項です。
つまり、現時点で「運賃の増収分の何%を賃上げに充てなければならない」と決まっているわけではありません。
燃料費や車両費などの上昇にも対応しながら、ドライバーの賃金をどう改善していくのか。
運送会社の経営者には、その両方を考えることが求められます。
5.賃金を上げるだけでなく、賃金制度をどう見直すか
例えば、運賃収入が増えたとき、その原資をどのようにドライバーへ還元するのでしょうか。
基本給を引き上げるのか。
歩合給の単価や歩合率を見直すのか。
職務や技能に応じた手当を整備するのか。
また、長時間労働を減らすことで残業代が減少する場合、ドライバーの収入をどう確保するのかという問題もあります。
運賃が上がっても、現在の賃金制度をそのままにしていては、賃金改善につながらない場合があります。
特に、歩合給、固定給、固定残業代が混在する運送会社では、給与総額だけでなく、賃金の構成と計算方法を確認することが重要です。
【運賃収入の増加を、どのような賃金制度でドライバーの処遇改善につなげるのか。】
適正原価制度を考えるうえで、避けて通れない課題だと思います。
6.今から取り組みたいこと
適正原価制度の具体的な算定方法や運用については、引き続き国土交通省で検討が進められています。
現時点で、すべての準備を整えることは難しいでしょう。
しかし、今から確認できることはあります。
まずは車両1台を選び、燃料費、車両費、人件費などの原価と運賃収入を整理する。
次に、実車率、荷待ち・荷役時間など、収支に影響する要因を確認する。
そして、ドライバーの労働時間と賃金の関係を把握し、今後の賃金改善に必要な原資を考える。
このような取り組みを少しずつ進めることが、適正原価制度への準備につながります。
標準的運賃から適正原価へ。
制度の変化は、運送会社にとって運賃交渉の問題であると同時に、自社の経営管理と賃金制度を見直す機会でもあります。
【運賃が上がった。その結果、会社の経営とドライバーの賃金はどう変わったのか。】
その説明ができるように、今から自社の実態を把握しておくことが大切ではないでしょうか。
運送会社の賃金制度・労働時間制度・就業規則・賃金規程の整備について、ご相談をお受けしています。
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