「会社が人を選ぶ」だけの時代は終わる?――金融教育を受けた若者が変える中小企業の採用と福利厚生
運送業・企業型DC・助成金専門社会保険労務士の吉元です。
「最近、若いドライバーが採用できない」
「ベテランは歩合給で稼いできたが、新人には固定給の方が説明しやすい」
「残業時間を減らしたいが、ドライバーの収入が下がってしまう」
運送会社の経営者にとって、どれも身近な悩みではないでしょうか。
人手不足、労働時間規制、運賃交渉。運送業を取り巻く環境は大きく変化しています。
ところが、ドライバーの賃金制度はどうでしょうか。
何年も前に決めた歩合給の計算方法を、そのまま使い続けていないでしょうか。
新しいドライバーを採用するために固定給を導入したものの、従来の賃金制度との関係を整理できていない会社もあるかもしれません。
私は、今こそ運送会社の経営者に考えていただきたいことがあります。
【「自社はドライバーに何を提供し、どのような働き方を評価するのか?」】
賃金制度とは、単に毎月の給与を計算するための仕組みではありません。
会社がどのような働き方を評価し、ドライバーにどう報いるのか。その経営方針を具体的に示すものでもあるのです。
1.運送会社の賃金制度に、共通の正解はない
運送会社の賃金体系は、実にさまざまです。
基本給に売上歩合を組み合わせる会社。
走行距離や配送件数に応じて歩合給を支払う会社。
基本給と各種手当を中心とする固定給の会社。
固定給に固定残業手当を組み合わせる会社。
さらに、同じ会社の中でも、ベテランドライバーは歩合給中心、新しく採用するドライバーは固定給中心というケースもあります。
運行形態や荷主との取引条件、従業員構成が異なれば、適した賃金制度も変わります。
例えば、毎日決まったルートを配送する仕事と、運行距離や仕事量が日によって大きく変動する仕事では、賃金の考え方も違ってくるでしょう。
だからこそ、私は「歩合給がよい」「固定給にすべきだ」と一律に決めることには賛成しません。
問題は、どちらを採用しているかではなく、
【なぜその賃金制度を採用しているのか、経営者が説明できるかということです。】
2.ベテランは歩合給、新人は固定給。それでいいのか?
以前から勤務するベテランドライバーは、走った分、仕事をした分だけ収入が増える歩合給を評価している。
一方、新しく応募してくる人には、毎月の収入が見通せる固定給の方が魅力的に映ることがあります。
会社としては、採用環境の変化に対応した結果なのかもしれません。
しかし、ここで新しい課題が生まれます。
同じような仕事を担当しているのに、賃金の決まり方が違う。
仕事量が増えたとき、収入が増える人と増えない人がいる。
ベテランが新人の給与水準を知り、不公平だと感じる。
もちろん、入社時期や職務、役割などに応じて賃金体系が異なること自体が、直ちに違法になるわけではありません。
しかし、制度の違いを合理的に説明できなければ、従業員の納得を得ることは難しくなります。
採用のために新しい賃金制度をつくった結果、今いるドライバーの定着に問題が生じる。
そうした事態は避けたいものです。
賃金制度を見直すときには、これから採用する人だけでなく、今働いている人のことも考える必要があります。
3.歩合給は、何を評価しているのか?
歩合給は、運送業で長く使われてきた賃金制度です。
仕事の成果が賃金に反映されることは、ドライバーの働く意欲につながります。
しかし、ここで一つ考えてみましょう。
「歩合給で評価している成果とは、何でしょうか?」
売上でしょうか。
走行距離でしょうか。
配送件数でしょうか。
荷役作業の量でしょうか。
例えば、売上歩合の場合、売上金額はドライバー本人の努力だけで決まるものではありません。
荷主との運賃契約、配車、運行ルート、積載率など、会社側の判断や取引条件にも左右されます。
走行距離が長いことも、それだけで生産性が高いことを意味するわけではありません。
では、安全運転や事故防止、荷待ち時間の削減、燃料消費への配慮、顧客対応などは、どのように評価するのでしょうか。
歩合給には、成果を賃金に反映しやすいという長所があります。
一方で、会社が評価したい働き方と、実際に賃金へ反映される成果が一致しているかを確認する必要があります。
4.労働時間を減らすと、ドライバーの収入も減る?
物流の2024年問題によって、自動車運転業務にも時間外労働の上限規制が適用されました。
しかし、法律上の上限を守ることと、ドライバーの収入を維持・改善することは、同じ問題ではありません。
長時間労働や多くの運行回数によって収入を確保してきたドライバーにとって、労働時間の短縮が収入減少につながる場合があります。
一方、会社が固定給を引き上げれば、人件費の負担は増えます。
その原資をどこから確保するのか。
運行の効率化だけで対応できるのか。
荷主との運賃交渉は進んでいるのか。
賃金制度の見直しは、労働時間管理や運送原価の問題と切り離せません。
ここで、現在進められている「適正原価」の議論が重要になります。
5.適正原価の議論と、ドライバーの賃金制度はつながっている
運送業では、2028年の制度開始に向けて、適正原価の具体的な算定方法などの検討が進められています。
この制度が目指す重要な方向性の一つは、物流を支えるために必要な費用を適切に確保し、運送事業の持続可能性につなげることです。
その中でも、人件費は重要な論点です。
私は、ここで運送会社自身にも考えていただきたいことがあります。
「必要な人件費を確保できたとして、それをどのような賃金制度でドライバーに還元するのか?」
適正原価の議論が進めば、自社の運送原価を把握し、荷主に説明することの重要性は、さらに高まるでしょう。
しかし、運賃収入が改善しても、その成果がドライバーの処遇改善につながる仕組みがなければ、人材確保や定着という課題は残ります。
反対に、賃金を引き上げたくても、その原資を確保できなければ、会社の経営は持続しません。
適正原価の具体的な制度設計は、現在も検討が続いています。
だからこそ今、運送会社は自社の人件費と賃金制度を改めて考えておく必要があるのではないでしょうか。
【「適正な運賃を収受すること」と「適正な賃金を支払うこと」。】
この二つを結びつけるのは、運送会社自身の経営判断です。
6.賃金制度には、もう一つ見逃せない問題がある
ここまで、採用・定着や経営の視点から賃金制度を考えてきました。
しかし、社会保険労務士として、もう一つお伝えしたい重要な問題があります。
それは、固定給・歩合給・固定残業代の仕組みを正しく理解しているかということです。
例えば、
「歩合給だから、残業代は必要ない」
「固定残業代を支払っているから、残業時間を計算する必要はない」
「給与総額が同じなら、固定給でも歩合給でも残業代は同じ」
こうした理解は、いずれも問題があります。
実際には、固定給と出来高払制として認められる歩合給では、割増賃金の計算方法が異なります。
固定残業代も、一定額を支払っていれば、それだけで法定の割増賃金を支払ったことになるわけではありません。
私は、これまで運送会社の賃金制度をめぐる複数の裁判例を取り上げてきました。
そこでは、歩合給や固定残業代の名称だけでなく、賃金の実質的な性質、計算方法、支払いの仕組みなどが争点となっています。
これは、以前から取り上げてきた36協定の問題とも共通しています。
36協定を届け出ることと、その制度の意味を理解して適切に運用することは別です。
賃金規程を作成することと、法律に沿って給与を計算することも同じではありません。
【制度を設けていることと、制度を正しく理解して運用していることは違うのです。】
【まとめ――賃金制度は、経営者の意思を表すもの】
運送会社の賃金制度に、すべての会社に当てはまる正解はありません。
歩合給にも固定給にも、それぞれ長所と課題があります。
大切なのは、自社の運行形態、従業員構成、採用・定着の課題、そして経営状況に合った仕組みになっているかどうかです。
私は、賃金制度を見直す経営者に、まず次の問いを考えていただきたいと思っています。
【「自社はドライバーに何を提供し、どのような働き方を評価するのか?」】
例えば、ドライバーに提供したいものは何でしょうか。
毎月の生活を支える安定した収入でしょうか。努力や成果に応じた報酬でしょうか。それとも、安心して長く働ける環境や、将来への備えでしょうか。
では、どのような働き方を評価したいのでしょうか。
売上や配送件数だけでなく、安全運転、確実な配送、効率的な運行、後輩の育成なども考えられます。
【「会社がドライバーに提供したいもの」と「会社が評価したい働き方」。】
この二つが、現在の賃金制度にどのように反映されているでしょうか。
そして、その考え方をドライバー自身に説明できるでしょうか。
運送業の大きな転換期だからこそ、過去から続く賃金制度を一度見直す意味があると思います。
次回は、今回触れた法律上の問題を具体的に解説します。
「歩合給と固定給では、なぜ残業代の計算方法が違うのか?」
実際の数字を使いながら、多くの運送会社に知っていただきたい割増賃金計算の基本を整理します。
運送業専門社労士としての活動はこちら。
(公式LP)https://yutoli-sr.com/
最後までお読みいただきありがとうございます。


