起業準備で守る生活防衛線の基準とお金の使い方(独身会社員の場合)
会社のパソコンを使った不安
――新井さん、会社員のまま起業準備をしている方から、「会社のパソコンやメールを使ってしまった」という相談はありますか?
新井:ありますね。休憩中に会社のパソコンで調べものをした、会社のメールアドレスから問い合わせを返してしまった。そういう話です。まず言いたいのは、それだけで人生が終わるわけではありません。ただし、何を使ったかより、どんな情報に触れたかでリスクは大きく変わります。
――パソコンやメールという手段だけで判断しないのですね。
新井:そうです。会社の設備を私的に使った話と、会社の顧客情報や仕入れ先情報を持ち出した話は、重さがまったく違います。前者は服務規律の問題、後者は不正競争防止法や個人情報保護法に関わる可能性があります。ここを一緒にして怖がると、必要な対処が見えなくなります。
「まずいかも」は3つに分けて考える
――具体的には、どう分ければよいですか?
新井:3つです。1つ目は、会社の時間や設備を許可なく使ったこと。2つ目は、会社にいるから見られる情報に触れたこと。3つ目は、その情報を独立後に使うつもりがあるかどうか。この3つを分けるだけで、今すぐやめること、整理すること、確認することが見えてきます。
――たとえば休憩時間に一般的な情報を検索した場合は?
新井:それは就業規則上よくない可能性はありますが、今日からやめれば済む範囲のことも多いです。会社の端末、会社の回線、会社のメールを使わず、私物のスマホやパソコン、私用アドレスに切り替える。まずここです。
――一方で、顧客データや仕入れ先の連絡先をメモしていたら別問題ですね。
新井:別問題です。会社の外に出せば価値を持つ情報を、自分の起業準備に使うのは危険です。すでに私用メモへ書き写しているなら、その日のうちに削除し、二度と参照しないと決める。必要なら社内規程に従って扱いを確認する。ここは曖昧にしないほうがいいですね。
営業秘密は、社内で普通に見える情報でも対象になり得る
――不正競争防止法でいう営業秘密は、どんなものですか?
新井:大きく3つの要件があります。秘密として管理されていること、事業に役立つ情報であること、世の中に知られていないことです。顧客リスト、仕入れ値、企画中の商品情報、取引条件などは、部署内では普通に見えていても、会社の外に出せば価値を持つことがあります。
――「社内で見られるから自由に使っていい」ではないわけですね。
新井:そうです。社員として見られることと、自分の事業に使ってよいことは別です。たとえばアパレルの商品企画なら、取引先、仕入れ値、販売計画、まだ公開していない商品の情報に触れる場面があります。そういう情報を独立後の営業や商品づくりに使うと、かなり危ない。
――個人情報が含まれる場合は、さらに重くなりますか?
新井:はい。氏名、連絡先、購入履歴のような顧客情報を、独立後に営業で使うつもりで持ち出すのは避けるべきです。悪気がなかったとしても、「あとで挨拶に使おう」と思って保存していたら、その目的が問われます。会社員時代の信用を借りて起業するのではなく、自分で作った接点だけで始めるほうが安全です。
今日から使わないものを決める
――過去に会社のメールや端末を使ってしまった人は、何から直せばいいでしょう?
新井:まず、今日から会社のパソコン、会社のメール、会社のファイルサーバーを起業準備に使わないことです。私物端末、私用アドレス、個人のメモアプリに一本化する。問い合わせを返すなら、会社名や会社アドレスではなく、自分の連絡先から改めて返します。
――過去に残っているメールやファイルは、勝手に消してよいのでしょうか?
新井:そこは慎重に。会社のシステム上の記録を無断で消すと、別の問題になることがあります。私用メモに写した顧客情報など、自分の管理下にあるものは削除する。一方で、会社側に残るデータは、就業規則や社内ルールに沿って扱いを確認する。焦って証跡を消そうとするより、以後使わない線をはっきり引くことが大事です。
――「もう見てしまったから仕方ない」ではなく、ここから分けるのですね。
新井:そうです。リスクは、今日からの行動で下げられます。会社の情報を持ち出さない、会社の看板で連絡しない、会社の人脈をそのまま営業リストにしない。この3つを守るだけでも、独立後の信用はかなり違います。
就業規則は、自分の会社のものを読む
――就業規則の確認も必要ですか?
新井:必要です。一般論ではなく、自分の会社の就業規則です。多くの就業規則には、会社の設備や物品を私的に使わないこと、業務で知った会社や取引先の秘密を漏らさないことが書かれています。副業や起業準備の規程が別にある会社もあります。
――「同僚もやっているから大丈夫」とは言えないですね。
新井:言えません。起業は、会社の外で信用を作っていく仕事です。最初から会社の情報や設備に寄りかかると、あとで自分の足場が崩れます。僕の著書『起業神100則』でも、会社員時代の役職や信用は起業した瞬間に一度ゼロに戻る、と書きました。ゼロから積み上げた接点だけが、本当の資産になります。
会社の外で残せるものだけを積み上げる
――最後に、起業準備中の会社員が今日からできる一歩を教えてください。
新井:起業準備専用の私用アドレスを作ることです。次に、会社の情報を見なくても書ける自分のメモを作る。誰に何を提供したいのか、どんな困りごとを解決したいのか、会社名や顧客名を入れずに書いてみてください。
――会社の顧客情報を使わなくても、準備できることはあるのですね。
新井:たくさんあります。むしろ、会社の情報を使わずに説明できることだけが、独立後も堂々と使えます。会社のパソコンで何をしてしまったかを数えるより、今日から何を切り離すかを決める。そこから始めればいいですよ。
――線引きが具体的になると、不安だけで止まらずに済みますね。ありがとうございました。
新井:こちらこそ、ありがとうございました。
起業家インタビュー(聞き手:伊藤純子)
新井一氏プロフィール
起業18フォーラム代表。「会社員のまま6カ月で起業する」方法を伝える起業支援キャリアカウンセラー。キャリア26年以上の実績を持ち、延べ60,000人の会社員の起業をサポート。会社員時代に始めた事業で培ったノウハウ、多数の起業家を生み出してきた実践的技術を武器に、起業支援&集客マーケティングの専門家として活動中。
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