「あとで説明する」がいちばん危険。起業準備で配偶者と揉めない「会話の順序」
工場の中だけの経験と思い込まない
――新井さん、自動車部品の工場で生産技術をしてきた方から「ラインの段取りや不良原因つぶしはできるけれど、資格がないから起業には使えないのでは」という相談がありました。
新井:よくある相談です。工場の方は、自分の技能を「社内でしか通用しないもの」と見てしまいがちです。でも、段取り替え、不良の原因をたどる力、5S、治具の工夫、動線の見直し。こうした現場知は、小さな会社ほど必要としています。資格がないから売れないのではなく、売り方を大きくしすぎるから止まるのですよ。
――大きくしすぎる、というのはどういうことでしょう?
新井:いきなり「改善コンサルタント」「製造業向け研修講師」と名乗ろうとすることです。肩書きを立派にすると、相手は大きな実績や有名企業での成果を求めます。そこで準備が重くなる。最初は、もっと小さくていい。半日だけ現場を見て、すぐ直せる無駄を一緒に洗い出す。このくらい具体的な入口が現実的です。
まず肩書きではなく頼られた場面を見る
――資格や肩書きがない場合、何を強みとして見ればいいですか?
新井:社内で何度も頼られてきた場面です。「この段取りはあの人に聞こう」「不良が出たらあの人に見てもらおう」と言われてきたことはありませんか。拙著『起業神100則』でも、自分が何に詳しい人間として見られてきたかを振り返る話をしています。本人には当たり前でも、外ではお金を払ってでも知りたいことがあります。
――自分では普通にやってきた作業ほど、価値に気づきにくいのですね。
新井:そうです。たとえば、段取り替えの時間を短くする、工具や部材の置き場を整える、ミスが起きる工程を見つける、手順書を現場向けに直す。こういう力は、専門部署を持てない小さな製造業や加工業ではとても重宝されます。まずは「頼られてきたこと」を10個書き出してください。商品名はその後で十分です。
小さな改善支援として売る
――「売る」となると、やはりコンサルのように体系化しないと難しい気もします。
新井:最初から体系化しなくていいですよ。むしろ、最初は「小さな改善支援」にしてください。たとえば、半日で現場を見て、段取りの無駄を3つ洗い出す。整理整頓の動線を一緒に直す。不良が出やすい工程を一緒に確認する。教える講師ではなく、現場の隣に立って手を動かす伴走役です。
――対象はどんな会社が合いますか?
新井:大企業ではなく、専門部署を持てない小規模な製造・加工の現場です。町工場、食品加工、部品組立、倉庫に近い現場などですね。いきなり大きな会社へ提案するより、身近で困りごとが見える場所から始める。もちろん勤め先の顧客情報や社内ノウハウを持ち出してはいけません。競業避止や守秘義務は必ず線引きします。
資格よりも経験を元手にする
――品質管理検定など、資格を取ってからのほうがよいのでしょうか。
新井:資格が役立つ場面はあります。でも、資格取得を起業準備の入口にすると、勉強だけで止まる人が多い。まず見るべきは、今ある経験で誰を助けられるかです。日本政策金融公庫総合研究所の2024年度新規開業実態調査では、開業動機として「仕事の経験・知識や資格を生かしたかった」が46.0%あります。経験そのものを元手にする人は多いのです。
――資格がないことより、経験をどう見せるかが大事なのですね。
新井:その通りです。「生産技術をやっていました」だけでは伝わりません。「段取り替えの時間を短くする支援」「不良原因を一緒に見つける半日診断」「現場の動線を見直す改善同行」と言い換えると、相手は頼みやすくなります。技能を名前にするのではなく、相手の困りごとに翻訳することです。
月4万円の小さな依頼から始まる
――実際に、工場の経験から始めた方はいるのでしょうか。
新井:います。30代で自動車部品工場の生産技術をしていた寺田さんという方は、「自分の技能はラインを離れたら値段がつかない」と思い込んでいました。転機は、工場OBから「知り合いの町工場が段取りで困っている」と紹介されたことです。半日だけ現場を見て、段取り替えを一緒に見直したら、とても喜ばれたそうです。
――最初から大きな売上ではなかったのですね。
新井:ええ。最初の半年は休日に月1件か2件、収入は月4万円ほどでした。でも、勤め先の評価とは別に、自分の名前で頼られた手応えが大きかった。そこから紹介がつながり、定期的に見る小さな現場が増えていきました。新しい資格ではなく、すでに手の中にあった段取り力が入口になったわけです。
今日やることは10個の棚卸し
――最後に、工場の経験しかないと感じている方へ、今日できることを教えてください。
新井:まず、現場で頼られてきた場面を10個書き出してください。不良が止まった場面、段取りが早くなった場面、作業者が動きやすくなった場面、手順が分かりやすくなった場面。そこに、売り物の種があります。
――資格を増やす前に、すでにある経験を外向きに言葉にするのですね。
新井:そうです。つぶしが効かないという感覚は、工場の中だけで自分を測っているから出てきます。一歩外に出れば、その段取りの勘を必要としている小さな現場があります。会社員のまま、守秘義務を守りながら、小さな改善支援として試してみてください。
起業家インタビュー(聞き手:伊藤純子)
新井一氏プロフィール
起業18フォーラム代表。「会社員のまま6カ月で起業する」方法を伝える起業支援キャリアカウンセラー。キャリア26年以上の実績を持ち、延べ60,000人の会社員の起業をサポート。会社員時代に始めた事業で培ったノウハウ、多数の起業家を生み出してきた実践的技術を武器に、起業支援&集客マーケティングの専門家として活動中。
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