じゃんけん
子どもが勉強している様子を見ていて、
「簡単な問題はどんどんやるのに、
少し難しくなると飛ばしてしまう」
「分からない問題が出てくると、
すぐに『できない』と言う」
「間違えるくらいなら
最初からやりたくないと言う」
そんな姿が気になったことは
ないでしょうか。
保護者からすると、
「できる問題ばかりやっていても、
できることは増えないよ」
と言いたくなると思います。
確かに、
勉強では今できないことにも
挑戦しなければ、
できることは増えていきません。
ただ、
未来舎で子どもたちを見ていると、
「できる問題ばかりやりたがる=勉強する気がない」
とは限らない
と感じます。
「間違えたくない」
「できないと思われたくない」
「分からない時間が嫌だ」
「難しそうな問題を見ると、
自分には無理だと思ってしまう」
同じように難しい問題を避けているように見えても、
その理由は子どもによって違います。
だからこそ、大人がすぐに、
「難しい問題にも挑戦しなさい」
と答えを出すのではなく、
まずはなぜその子が
挑戦したがらないのかを
考えてみることが大切です。
「できる問題ばかりやる子」は、みんな同じではない
一口に
「難しい問題をやりたがらない」といっても、
子どもたちを見ていると、
いくつかのタイプがあります。
たとえば、
間違えることそのものを
嫌がる子です。
問題集に×がつくことを嫌がり、
○が並んでいると安心する。
分からない問題に挑戦して
×になるくらいなら、
確実に○になる問題を選びます。
一方で、
「できない自分」を見せたくない子もいます。
特に普段から勉強がよくできる子の場合、
「自分は勉強ができる」
という意識が強いことがあります。
そうすると、
「分からない」と言うこと自体が
嫌になることがあります。
ほかにも、
考えている時間に慣れていない子もいます。
問題を見て、
すぐに解き方が思いつかなければ、
「分からない」
「習ってない」
「無理」
と言ってしまう。
本当は30秒、1分と考えれば
何か思いつくかもしれないのに、
答えがすぐに出ないこと自体を
「できない」と判断してしまいます。
そして忘れてはいけないのが、
本当にその子にとって
問題が難しすぎる場合です。
まだ基礎が十分に身についていないのに、
何段階も上の問題に挑戦させても、
なかなか解けません。
それを
「挑戦する気がない」と
判断してしまうと、
子どもにとってはつらいだけです。
つまり、
難しい問題を避けているという同じ行動でも、
「なぜ避けているのか」は一人ひとり違います。
ここを見ずに
「もっと難しい問題をやりなさい」と言っても、
なかなか変わらないのは当然なのかもしれません。
【見出し】子どもにとって「間違えること」は、どんな意味になっている?
本来、普段の勉強で間違えることは悪いことではありません。
テスト本番で間違える前に、
「ここが分かっていなかった」
と気づけるからです。
ところが、子どもにとって「間違える」ということが、
怒られること
恥ずかしいこと
自分ができないと分かること
になっていたらどうでしょう。
当然、間違えそうな問題には挑戦したくなくなります。
ここで大人も、自分たちの反応を少し振り返ってみる必要があります。
子どもが100点を取ったときには、
「すごい!」
「よくできたね!」
と喜ぶ。
一方で、簡単な問題を間違えたときには、
「なんでこれ間違えたの?」
「ちゃんと問題読んだ?」
「これ前にもやったよね?」
と言ってしまう。
もちろん、保護者としては責めているつもりではなく、
「次は気をつけてほしい」
という気持ちから言っているのだと思います。
でも子どもからすると、
正解する → 喜んでもらえる
間違える → 注意される
という経験が積み重なっている可能性があります。
そうすると、
【太字】「難しい問題に挑戦して間違えるより、できる問題を解いて正解した方がいい」
と考えるようになっても不思議ではありません。
だからといって、100点を褒めてはいけないわけではありません。
100点を取るために頑張ったのであれば、もちろん一緒に喜んでいい。
ただ、結果だけではなく、
「難しい問題にも挑戦していたね」
「一回間違えたのに、もう一度考えていたね」
「分からないところをそのままにしなかったね」
という部分にも目を向ける。
【太字】「正解したこと」だけではなく、「どう取り組んだか」も大人が見ている。
それが伝わることも大切だと思います。
【見出し】「間違えてもいいよ」と言うだけでは、子どもは変わらない
間違えることを嫌がる子に、
「間違えてもいいんだよ」
と伝える。
もちろん大切な言葉です。
でも、私は言葉だけでは十分ではないと思っています。
たとえば、
「間違えても大丈夫だよ」
と言っていた大人が、実際に子どもが間違えた瞬間、
「なんでこんなの間違えたの?」
と言ったらどうでしょう。
子どもに残るのは、
「間違えても大丈夫」
という言葉でしょうか。
それとも、
「やっぱり間違えたら何か言われる」
という経験でしょうか。
【太字】子どもが見ているのは、「間違えてもいい」と言われたかどうか以上に、実際に間違えたときに大人がどう反応したかです。
だから未来舎では、間違えた問題を見るときに、すぐに答えだけを教えるのではなく、
「どうやって考えた?」
と聞くことを大切にしています。
話を聞いてみると、
考え方は合っていたけれど、途中の計算だけを間違えていた。
問題文の条件を一つ読み落としていた。
公式は覚えていたけれど、どこで使えばいいのか分かっていなかった。
そもそも問題の意味を理解できていなかった。
同じ「×」でも、中身はまったく違います。
そして、
「ここまでは合っているよ」
と確認できることもあります。
子どもにとって、
「全部できなかった」
と、
「ここまでは自分でできていた」
では大きく違います。
そのうえで、
「じゃあ、ここからどうしたらいいと思う?」
ともう一度考えてもらう。
【太字】間違いを消して○に書き換えることより、「なぜ間違えたのか」を自分で考える。
そこに、間違えることの価値があると思っています。
【見出し】難しい問題をたくさんやらせれば、挑戦できる子になるわけではない
「できる問題ばかりやっていてはいけない」
と考えると、今度は難しい問題をたくさんやらせたくなるかもしれません。
でも、ここにも注意が必要です。
今の自分ではほとんど解けない問題を何問も渡され、
「間違えてもいいから挑戦してみよう」
と言われても、子どもからすれば苦しいだけかもしれません。
考えても分からない。
ヒントをもらっても分からない。
何度やっても×になる。
それが続けば、
「やっぱり自分には無理」
という気持ちを強くしてしまうこともあります。
未来舎で大切にしているのは、
【太字】「簡単にできる」と「まったく分からない」の間にある問題です。
見た瞬間には答えが分からない。
でも、少し考えればできるかもしれない。
前に習ったことを思い出せばできるかもしれない。
一人では難しくても、ヒントが一つあれば進めるかもしれない。
こういう問題です。
たとえば、
「分からない」
と言った子に、すぐ解き方を全部説明するのではなく、
「前に似た問題やらなかった?」
と聞いてみる。
それでも難しければ、
「ここまではどう?」
と最初の一歩だけヒントを出す。
そこから本人が考えて答えまでたどり着けば、
「最初は分からなかったけれど、自分で考えたらできた」
という経験になります。
この経験はとても大きいと思います。
最初から全部できる必要はありません。
【太字】「分からない」から「分かった」までの間を、自分の頭で少しでも進んだ経験を増やす。
それが、次に難しい問題を見たときの、
「ちょっとやってみようかな」
につながっていきます。
【見出し】「正解したこと」だけを褒めるのではなく、挑戦した過程を見る
子どもが難しい問題に挑戦した。
一生懸命考えた。
でも、答えは間違っていた。
そんなとき、大人はどう声をかければいいのでしょうか。
ここで、
「惜しかったね」
だけで終わらせるのではなく、取り組んでいた過程を具体的に見てほしいと思います。
「最初分からないって言ってたけど、自分で考えてみたね」
「一回間違えたのに、答えを見ずにもう一回やったね」
「前に習ったことを使おうとしてたね」
こうした言葉です。
大切なのは、何でも「頑張ったね」と褒めることではありません。
【太字】子どもが実際に何をしたのかを見て、その行動を言葉にすること。
反対に、簡単な問題をたくさん正解していたとしても、
「すごい!全部○!」
だけではなく、
「今日はここまでできたから、次は少し難しいものにも挑戦してみる?」
と次につなげることもできます。
目指したいのは、
難しい問題を解ける子
だけではありません。
それよりも、
【太字】「できるか分からないけれど、とりあえずやってみよう」と思える子
になってほしいと思っています。
なぜなら、これから先の勉強では、必ず自分が知らないこと、すぐには分からないことに出会うからです。
中学校、高校と進めば、なおさらです。
そのたびに、
「できそうなものだけやる」
のか、
「分からないけれど、少し考えてみる」
のか。
この違いは、学年が上がるほど大きくなっていきます。
【見出し】「できない」は、これからできるようになるものが見つかったということ
できる問題を繰り返すことにも意味はあります。
計算や漢字、英単語など、繰り返すことで身につくものもたくさんあります。
だから、
「できる問題をやるのは意味がない」
という話ではありません。
ただ、勉強で新しく成長するのは、
昨日までできなかったことが、できるようになったときです。
最初は分からなかった。
間違えた。
ヒントをもらった。
もう一度考えた。
それでもできなかったから、教えてもらった。
次の日にもう一度やったら、一人でできた。
この過程が勉強です。
そう考えると、
「できなかった」
は必ずしも悪い結果ではありません。
【太字】「できない」は、「これからできるようになるものが見つかった」ということでもあります。
未来舎でも、子どもが問題を間違えたときに、ただ×を○に直して終わるのではなく、
「なぜ間違えた?」
「どこまでは分かっていた?」
「次に同じ問題が出たらどうする?」
と考えることを大切にしています。
そして、分からない問題に出会ったときも、すぐに答えを渡すのではなく、できるだけ本人が考える時間を残したいと思っています。
それは、目の前の一問を早く終わらせること以上に、
【太字】「分からないものに出会ったとき、自分で考えてみる力」を身につけてほしい
からです。
小学生のうちは、まだ大人がそばで手伝うことができます。
だからこそ、
間違えないように先回りするのではなく、
間違えたときに一緒に考える。
難しい問題を無理にやらせるのではなく、
「少し頑張ればできそう」に挑戦する。
そして、できなかったときには、
「ダメだったね」
ではなく、
「じゃあ、次はどうしよう?」
と考える。
そんな経験を少しずつ増やしていきたいですね。
【太字】間違えない子にするのではなく、間違えたあとにもう一度考えられる子にする。
未来舎では、そんな学び方を大切にしています。
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