事業承継後に起きる「見えない混乱」【コンサルの視点3】

「クラウドファンディングに挑戦します」
この一言だけを聞けば、多くの方は「事業拡大のための資金調達」と受け取るかもしれません。新しい設備を導入する、規模を大きくする、次のステージへ進む――そうした前向きなストーリーを想像するのが一般的でしょう。
しかし、今回ご紹介する事例は、そのイメージとは少し異なります。
舞台は静岡県島田市。駅前でフィットネススタジオを運営する「ナベトレフィットネスクラブ島田Treasure店」。運営者である渡邉ユウスケ氏が今回取り組むクラウドファンディングは、「攻め」のためではなく、「守る」ための意思決定でした。
ここに、現代の中小企業経営において非常に重要な示唆が含まれています。
■問題は「売上」ではなく「構造」に起きる
今回のきっかけは、極めて現実的な出来事でした。
スタジオが入居する建物の「1階テナントが空く」という情報です。
一見すると、単なる不動産の話です。しかし、この出来事は、ナベトレの事業そのものに大きな影響を与える可能性を孕んでいました。
現在、スタジオは2階・3階で運営されています。もし1階に静かな業態――例えば学習塾などが入居した場合、振動や音の問題によって、現在のフィットネス運営が難しくなる可能性があるのです。
ここで重要なのは、この問題が「売上が落ちた」「集客がうまくいかない」といった表面的なものではないという点です。
事業の前提となる「環境」が変わることで、「構造」が崩れるリスクである。
このような問題は、後からの改善では対応できません。だからこそ、早い段階での意思決定が求められます。
■「拡大」に見えるが、本質は「防衛」
渡邉氏が選択したのは、1階テナントを自ら確保するという判断でした。
結果としては、フロアの拡張になります。ここだけを見ると、「事業拡大」のように見えます。
しかし、その本質はまったく異なります。
・既存のフィットネス環境を守るため
・外部環境リスクを排除するため
・事業の継続性を確保するため
これは明確に「防衛のための投資」です。
多くの経営者は、「拡大=攻め」「現状維持=守り」と単純に捉えがちです。しかし実際の経営では、守るために拡大する、という選択は少なくありません。
むしろ、構造を守るためには、攻めの形を取らざるを得ない局面がある。
今回のケースは、その典型例と言えるでしょう。
■設備ではなく、「場」をつくる
1階の活用についても、興味深い判断がなされています。
当初はトレーニングマシンを導入したジムを検討していたものの、資金面やタイミングの制約から現実的ではないと判断。結果として構想されたのが、「UWE BASE」という新しいトレーニング空間です。
ここで注目すべきは、「何を置くか」ではなく、「どんな体験をつくるか」という視点です。
バトルロープやサンドバッグといった機能的な器具を用いながらも、単なる筋力トレーニングの場ではなく、「自分と向き合う空間」「集中できる環境」を意図しています。
そして、この空間は既存の2階・3階とは明確に役割を分けています。
・2階・3階:音楽に合わせたプログラム型フィットネス
・1階:よりストイックで、内面的なトレーニング空間
これは単なる設備の追加ではなく、「事業の奥行き」をつくる戦略です。
■顧客が「支援者」になるとき
今回のクラウドファンディングで特に印象的だったのは、渡邉氏自身が当初、実施に迷いを感じていたという点です。
すでに開業時に一度クラウドファンディングを行っており、「またお願いすることへの葛藤」があったと言います。
しかし、その背中を押したのは、顧客の声でした。
「この場所がなくなったら困る」
「ぜひやってほしい」
この言葉は、単なる応援ではありません。
顧客が「利用者」から「当事者」へと変わっていることを意味します。
さらに、リターン設計にもその関係性が表れています。
記念Tシャツ、回数券、名前掲示――
これらは単なる特典ではなく、「この場所を一緒につくった」という証です。
ここに、コミュニティとしての強さがあります。
■サードプレイスという戦略
ナベトレが目指しているのは、単なるフィットネスクラブではありません。
「サードプレイス」です。
自宅でも職場でもない、第三の居場所。
最初は「ダイエット」「運動不足解消」といった目的で訪れた人が、やがて「ここに来ること自体が目的になる」。
人とつながり、達成感を得て、日常が少し変わる。
この状態が生まれたとき、サービスは「機能」から「関係性」へと進化します。
そして、この関係性こそが、事業の最も強い基盤となります。
■経営とは、「構造を守る意思決定」である
今回の事例から見えてくるのは、派手な成長戦略ではありません。
むしろ、
・環境変化への先手
・構造維持のための投資
・顧客との関係性の深化
・場としての価値の再定義
といった、極めて地道で本質的な取り組みです。
多くの経営者は、「売上を上げる方法」や「集客施策」に目を向けがちです。しかし本来問うべきは、
「この事業は、どの構造の上に成り立っているのか」
という視点です。
そして、その構造が揺らいだとき、どのタイミングで、どのような意思決定をするのか。
一見「攻め」に見える判断が、実は最も合理的な「守り」であることもある。
この視点を持てるかどうかが、経営の持続性を左右すると言えるでしょう。
今回のナベトレフィットネスの挑戦は、そのことを非常にわかりやすく示している事例です。
華やかではありません。
しかし、極めて本質的です。
そして何より、「続く場」をどうつくるかという問いに、真正面から向き合った経営判断だと感じています。
ナベトレフィットネスクラブHP


