いつもと違う2016年9月のカゼ
抗SRP抗体陽性筋症とは?
ご本人とお母さんの了解を得て、報告させていただきます。私の所は、さもない小さな漢方薬局ですが、こんな難病の方の相談もあります。しかも、明らかに良くなっていただいているという症例です。
2014年の夏、私の薬局に、お母さんと一緒に抗SRP抗体陽性筋症の小学5年生の女の子がおいでになりました。10歳の時の徒競走で、他の子供と比べ著しく走るのが遅かったので、これはおかしいと病院でいろいろな検査をした結果、この病気だと診断されました。
抗SRP抗体陽性筋症は、膠原病の一種であり自己抗原抗体疾患で、筋肉細胞が壊死していき、筋ジストロフィーなどと同様、筋力が無くなり歩行困難になる経過をとるミオパチーです。多発性筋炎と異なり患者さんの数は少なく、筋肉細胞の炎症がなく他の膠原病と異なりステロイド剤が効きにくいです。それでもステロイド剤のような副作用が心配な治療薬を使う位しかありません。場合によってはステロイド剤と他の免疫抑制剤の併用療法なども試みられます。そのようなわけで西洋医学的には難治です。
この子とお母さんは、ステロイド剤を調べ、副作用が怖くて病院で奨められたステロイド剤による治療を拒否し、新幹線で遠方の病院へ通ってしばらく東洋医学の治療を受けていました。その当時、クレアチニン・キナーゼ(CK)の値は、多い時には約9800と、正常の人の5~60倍の高さでした。しかし遠方の病院には通いきれないので、通いやすい近い所で漢方を出してくれる病院や漢方薬局を数多く渡り歩た結果、私の所においでになったらしいです。
検査データと自覚症状の推移
私の薬局に来た時には、CK値は2200位でしたが、車から降りて薬局の中に入り相談カウンターの椅子に座るまでは、車から降りる動作も歩くのもかなりゆっくりで、とても時間がかかっていたのを覚えています。
私の薬局で漢方薬をのみはじめてからのCK値の推移です。近くのクリニックで2ヶ月ごとに検査をしていただいていますが、西洋薬は何も処方してもらっていません。
2014年08月 CK:2205
2014年10月 CK:1662
2014年12月 CK:1179
2015年02月 CK:833
2015年04月 CK:672
2015年06月 CK:611
2015年07月 CK:541
2015年09月 CK:612
2015年12月 CK:405
2016年02月CK:374
クレアチニンの値も一番低かった時0.16だったのが0.27と上昇し、明らかに筋肉もしっかりしてきています。
のみはじめて1か月ちょっとでCK値が2000を切り、体調も少し上向いた感じでした。この最初の検査データが良かったので、ずっと継続していただけたのだと思います。6年生になって2015年の秋には修学旅行へ行き、他の子供と一緒に団体行動、長距離を歩かなければならない事もあったが、普通に移動出来て仲間や引率の先生に迷惑をかけることが全く無かったようです。また、5年生の冬(2014~15年)には手足が凍りついたように冷えてつらかったレイノー症状が出たことが数回あったのですが、6年生の冬(2015年~16年)は、今の所まだ一度もレイノー症状が出ていません。このように、冷えに対しても強くなりました。脚が丈夫になってきただけでなく上肢や手の力も付いて、物を落としてしまうような事が無くなりました。この春、小学校を卒業し4月から中学校へ入学する予定ですが、これまでより通学距離がかなり長くなり片道1.5Km位になります。しかし、今ではご本人もお母さんも中学校への徒歩通学に対して何の不安も持っていません。
東洋医学的な考え方と漢方薬の組み立て方
この病気は、中医学では、痿証(いしょう)と捉えます。西洋医学とは全く異なる概念、病理観です。きちんと基礎から東洋医学を学んでいないと、みたてることも治療もできないでしょう。
最初においでになった時には、顔色や手足は白く、夏なのに冷えやすい状態でした。一見、寒証に見えます。しかし、舌は真っ赤で白い苔がびっしりと厚くありました。舌の証は熱証を示しています。最初のご相談の時、この矛盾はどうして起きているのか、弁証を通じきちんと説明させていただきました。
弁証は、精血不足の体質に湿熱が侵淫し絡脈の流れが阻害されているととらえました。精血不足だから顔色や手足が白い。寒い時期にレイノー症状があるのは、湿熱が経絡の流れを悪くしていて、寒さを受けると流れが止まりやすいのです。流れが止まった時、レイノー症状が出ます。原因は湿熱という熱性の内生の邪なので、冷えの症状があるからといって、安易に温める働きのある漢方薬をのんではいけないのです。下手をすると湿熱の邪が増長しCK値が返って上昇しかねません。逆に冷ましながら湿熱の邪を除けば、冷えにくくもなります、と。
治法 清熱利湿、通絡、滋養精血で、最初のうちは、清熱利湿、通絡が主で、滋養精血は副次的に行うように処方を組み合わせました。清熱利湿は体内の熱を持った悪い湿気を除く、通絡は、塞がった経絡や血脈を通して流れを良くするということ、滋養精血とは、生命活動の根本である精と、血を養い補う事です。この病気は生まれながらの遺伝的素因なども関係していると考えられ、東洋医学では先天の不足として捉えます。それを補うわけです。
途中、レイノー症状が出た寒い時期には、それを緩和するために温経散寒の働きのあるものを少し加えていました。しかし、このような温熱性の薬は湿熱を増長してしまう可能性もあるので、レイノー症状が無ければ加えるべきではありません。また、CK値が600-800程度で足踏みしてしまってからは、清熱利湿の働きが不足していると考え、清熱利湿の働きの漢方薬を増量しています。その後、またゆっくりとCK値は減少しています。
このお子さんの場合、クレアチンキナーゼ(CK値)が高い状態は、中医学的には湿熱が盛んだという事です。この湿熱は体内で生産された悪いものですが、外気が高温多湿な時期には体内に影響を及ぼし、CK値が下がりにくくなります。実際、梅雨から夏の蒸し暑い時期には回復しにくかったです。これは「外気の湿熱が盛んだと、内邪の湿熱もそれに呼応するように盛んになってしまう」ということで中医学的には説明できます。
また、食養生では湿熱を悪化させるものは食べないほうが良い。具体的には、動物の油脂が材料の物、揚げ物、脂の多い刺し身やチョコレート、ポテトチップスなどです。お菓子は洋菓子より和菓子の方が良い。なるべく和食を推奨しました。
今までは、この湿熱を除去しながら塞がって流れが悪い状態を改善するのを主にし、精血を滋養することが副次的でしたが、CK値が400を切り、正常値(正常値は200以下)まであと一歩という所まできました。CK値がさらに下がったら、逆に滋養精血を主にし、清熱利湿、通絡を副次的なものに徐々に切り替えていくべきだと考えています。
滋養精血はとても大切で、筋肉に力を付け、健常な人と同じように動きが素早くなる事と、新たに湿熱を産みにくくするために必須です。さらに、生理を順調にし、将来、大人になって結婚しお産の後などに出血し血を失った時などに症状が再発したり悪化するのを防ぐのにも役立ちます。
正しい弁証をし、適切な漢方薬をお飲みいただくこと、さらにその方に合った正しい食養生をするという事がいかに大事で、それによって確実に効果が出たのだと思っています。