売上向上のために(その1)~「火の用心」の伝言ゲーム~
“経済的特典で獲得した顧客は、経済的特典で離反する”
例えばポイント制度。
ビジネススクール時代における研究テーマは顧客ロイヤルティでした。百貨店個人営業部門に在籍していた時に、担当者と顧客の信頼関係の重要性を現場の販売促進担当者として実感していたからです。お客様からは「担当の○○さんの成績にしておいてあげてね。」とか、「○○さんが勧めてくれるならば間違いないわね。」などとの会話が日常的聞かれていたのです。
一方で、企業としては、業績向上にむけて年間のお買い上げ高に応じて特典を変えていく「ロイヤルティプログラム」の導入を進めていました。一定のお買い上げ額を超えると、割引優待率や付与ポイント数が増えたり、特別なラウンジが使えるようになったり、航空会社のマイレージプログラムみたいになっていたのです。
実際にこんなことがありました。年間買上高が100万円を超えるとステージが1つ上に上がる仕組みになっていたので、11ヶ月経過段階で例えば90万円など、もう少しで100万円を超えそうなお客様を抽出して、一斉に電話アプローチでこう伝えるのです。
「お客様。あと○○万円のお買い上げで、1つ上のステージになりますよ。そうするとポイント付与率が10%になります。」
「お客様のお買い上げ高は、現在○○万円なので、あと1ヶ月で○○万円以上お買い物がないとステージが1つ下がってしまいます。」
私個人としては、「こんなプロモーションって、本当にお客様のためになるのだろうか?」と大いに疑問に持っていました。これまでの関係性を踏まえて、お客様にお勧めしたい商品があるということならばまだ良いのですが、要するに「何でも良いから買物しませんか?」とのアプローチなのです。
もちろん、中には「ありがとう。それならば買い物に行きますよ。」と言って頂けるお客様もいらっしゃるのは事実なのです。しかし、こういった経済的な特典を前面に出したアプローチは短期的な売り増し効果はあったとしても、中長期的にはどうなのか。ライフタイムバリュー視点からどうなのか? 顧客ロイヤルティの源泉はどこにあるのか? こうしたことに関心があった訳です。
いわゆる「外商顧客」というのは、複数の百貨店とお付き合いしていることが多いです。「お宅のカードはどれでしたっけ?」とレジにてお客様がお財布に入った複数のカードを見せて聞いてきたり、似たような券面なので、間違えて競合百貨店のカードを提示したりといったことは日常茶飯事です。競合百貨店だって負けないように様々な経済特典を提示しています。その都度、あっちの百貨店で買ったり、こっちの百貨店でかったりと使い分けている顧客も少なくない。結局、経済的特典で獲得した顧客は経済的特典で離反する。顧客ロイヤルティは2種類あって、1つは「態度的ロイヤルティ」(≒購買に対する意欲)であり、
1つが「行動的ロイヤルティ」(≒実際の購買行動頻度)と言われる。つまり、お買い上げ上位のお客様(=行動的ロイヤルティの高いお客様)にも2類型あって、当該店舗に対するロイヤルティが高いお客様(=態度的ロイヤルティの高いお客様)とたまたま多く買い物をしているお客様である。前者はお買い物するならばこの店舗でと決めている一方、後者は経済的特典によって買い物をする店舗を変えている可能性が高い。
実際に、筆者がおこなった外商顧客へのデプスインタビュー、アンケート調査からは、「行動的ロイヤルティ」としての「継続購買意向(継続的なお買い物)」や「他者推奨(口コミ)」については、担当者との信頼関係や担当者からの買い物支援からの影響が大きく、経済的特典はほとんど影響がないことが明らかになっている。
優良顧客を育成するならば、当然「行動的ロイヤルティ」が高いだけではなく、「態度的ロイヤルティ」も高い顧客が良い。ならば経済的特典では育成が難しい。経済的特典は“諸刃の剣”である。うまく使わないと「偽の優良顧客」をたくさんつくってしまう。そして、競合他店が、より魅力的な特典を提示することで離反してしまう。
「真の優良顧客」を育成・維持する枠組みをぜひ作りましょう。