売上向上のために(その1)~「火の用心」の伝言ゲーム~
2008年、三越と伊勢丹は経営統合しました。MDに強みを持つ伊勢丹と顧客政策で強みを持つ三越の統合は、補完性があり、きっと成功するはず。そう思っていましたし、今でも相乗効果を発揮出来るはずだ、と思います。しかし、アパレルの市場規模は1990年代の約15兆円から直近の2022年には約8兆円へと大きく減少し、既に伊勢丹の勝ちパターンも通用しなくなり、企業グループとしての顧客政策に対する議論は深まらず、思い描いたような効果は実感できない状況にあると言えます。
私は2010年(平成22)7月に日本橋三越のお得意様営業部に配属されました。お得意様営業部とは最上位顧客である帳場前主(「前主」とは三越における「お客様」の符牒)を組織として担当する部門です。配属されて驚いたのは、帳場前主に電話アプローチをする際、ある担当者はこう言っていたのです。
「○○様 いつもありがとうございます。暑いですね。来週は特別ご招待会なんですが…とっても暑いので来なくて良いですからね。何か欲しいものがあったら送ってあげますから、お身体を大切にして下さいね。」。
なんか凄いところへ来てしまった…。
実は2010年(平成22)に配属される以前には、労働組合の専従として、お得意様営業部の働き方を支える人事・賃金制度の運用について側面から支援をする立場でした。そして、配属以降2018年(平成30)3月末まで在席。この間の仕事は、営業チームのマネジャーと部門全体の企画部門のリーダーです。お得意様営業部における最初のミッションは「営業未経験メンバーをまとめて低稼働のお客様の活性化を図ること」。対象となる顧客を既存メンバーにお願いして譲り受け、日々の働き方を整理して不慣れなメンバーに営業をさせる…。「海の物とも山の物とも分からないド素人集団に大切なお客様を渡して、何ができるのか?」と既存のメンバーから表に裏に言われてきました。最初に集まった口座数は約300件。10人のチームで担当する訳ですから、一人30件です。その当時、一人当たり400件程度を担当していた訳ですから、全く信用されていなかったということです。その後、一人当たり100件規模にはなったわけですが…。
次のミッションは「新規に配属されたメンバーを短期間で一定のパフォーマンス発揮する営業に育成すること」でした。最初のミッションとは違い、転出したり、退職したりといったメンバーが担当していたお客様を引き継ぐ転入者だけのチームです。「お得意様営業部っていったいふだん何をしているの?」って思われるくらい、日々の活動に対する理解は少ない、自分から「この部門へ行きたい!」って手を挙げて来る人はほとんどいなかった部門です。メンバーの多種多様。もともとモチベーションも様々であり、おだてて脅して(?)後述する基本的な営業活動を実践させるのは一苦労でした。
三番目のミッションは、「非正規社員だけのチームで低稼働の顧客を活性化させること」でした。労働条件の違いから、正社員との違いを考慮せざるを得ず、個人ごとの売上目標を立てることができません。結果として、これが良かったのですが、具体的な活動の意義を丁寧に説明し、頑張っている人はみんなの前で褒めて、頑張れない人は個別に呼び出して…部門内で安定的に一番業績を伸ばすチームになった時には本当に嬉しかったことを思い出します。
こうして、私はお得意様営業部の基本的な働き方を基礎から徹底するという活動を続けてきました。約8年弱の経験の中で、マニュアルを作り、日々実践し、内容を修正し、また実践する…この繰り返しです。こうした活動は極めて有効であり、他の百貨店はもちろん、百貨店以外でも参考になるのではないかと思い、『「タンスの中まで知る」伝説のONE TO ONEマーケティング~日本橋三越における帳場制度とお得様営業~』(東京図書出版、2018年)にまとめました。
私のコンサルティングの原点はこの経験にあります。