離婚事件簿その2~事情聴取編(後編)
最近、養育費を滞納してしまっている方からのご相談がよく持ち込まれます。
典型的なのは、離婚の際に、公正証書を取り交わしたり、離婚調停で合意したにもかかわらず、安易な考えで養育費を滞納してしまい、事情を説明することもせずに放置していたら、元妻から給与を差し押さえられてしまい大変困っている、といったご相談です。
これまで、養育費に関しては、裁判所の養育費算定基準の変更のことや、養育費の回収方法に関する注目すべき法改正について、ご説明してきましたが、今回は、養育費の滞納に対する給与差押えが、非常に強力な(義務者からすれば怖い)手段であることを、ご説明しましょう。
手取り給与額の2分の1(以上)を差し押さえられる!
養育費以外の普通の債権(金銭の支払を請求できる権利)で、支払をしない相手方の給料債権を差し押さえる場合は、給料の額面額から税金や社会保険料を控除した後の金額(以下「手取り給与」といいます。ただし、税金や社会保険料以外にも、会社を通じて加入している財形貯蓄や任意保険の費用等々も控除されているような場合は、現実の手取り給与とイコールではありません)の4分の1が差押えの対象になるのが原則です(手取り給与が、44万円を超える場合は、33万円を超える部分が全て差し押さえられます)。
ところが、養育費や婚姻費用のような家族の扶養のための支払請求権について給料債権を差し押さえる場合は、差押えの対象が、手取り給与の2分の1にまで拡大されています(手取り給与が、66万円を超える場合は、33万円を超える部分が全額差し押さえられます)。たとえば、手取り給与が30万円の場合、その2分の1である15万円が差し押さえられ、手取り給与が80万円の場合には、33万円を控除した部分である47万円が差し押さえられるのです。
また、給料債権の差押え手続は、ボーナス(賞与)についても、支給がある場合は給料と同様の計算で差し押さえるというフォーマットになっていますから、ひとたび給料の差押えを受けると、差し押さえを受けた側は、極めて厳しい経済状況に追いこまれてしまいます。
このように、養育費や婚姻費用については、債権者(支払を受ける側)の生活を支える切実な権利であることから、強制執行の制度上、一般の債権よりも強い回収力が認められています。
なお、上記のように、給料の広範囲が差し押さえられることによって、債務者側がどうしても生活が成り立たない場合のために、「差押禁止債権の範囲変更」の制度が、一応、用意されてはいます。
具体的には、差押えによって、一般的な生活水準と比較して、債務者の生活に著しい支障が生じる場合などに、債務者の申立てにより、裁判所が、差押えの範囲を減縮するかどうかを決定してくれるというものです。
しかし、この制度の審査は非常に厳しく、債務者の現在の生活水準の維持を前提として判断してくれるわけではありませんから、実務上、有効な対抗策とはなり得ません。
差押時点で滞納があると、将来の養育費の分まで差押えが可能!
養育費の滞納を理由として給料債権を差し押さえる場合、支払時期が到来している未払いの養育費とあわせて、支払時期の到来していない将来分の養育費についても、給料差押の根拠となる請求権に含めて、一括して差押の申立てをすることが認められています。一般の債権では、将来に支払期限が到来する部分を使って差押えをすることはできませんから、この点でも養育費は優遇されています。
ただ、当然ながら、支払時期が到来していない将来分の養育費は、前倒しをして差押えによる取立をすることができるわけではありません。差押えを実施して以降の養育費は、毎月の支払時期が来たら、その分を次の給料からの差押えによる控除という形で、強制的に取り立てることができるということです。
すなわち、給料債権に対する差押えは、一度行うと、その後発生する給料に対しても継続的に効力を生じていくため、請求する側は、毎月の支払期限が到来するたびに差押えの申立てを繰り返す必要がないのです。銀行など金融機関の口座の預貯金の差押えの場合、差し押さえた時点において、その口座に入っている預貯金にしか差押えの効力は及ばず、差押え時点の後に、どんなに入金があっても回収することはできませんから、養育費については、差押えの効力も非常に大きくなっているのです。
滞納を完全に解消しても差押えは解除されない!
加えて、養育費による給料差押えが、支払義務者からすると怖いのは、「滞納を完全に解消しても差押えは解除されない」という点です。
給料差押えを受けたサラリーマン男性から、「先生、大変困りました。勤め先でも白い目で見られており、社員としての評価にも影響します。滞納分は親が全額用意してくれたので、すぐに元妻に支払うことができます。差押えを外してください」とのご依頼を受けたとしても、私たち弁護士は、「分かりました」とお答えすることはできません。
なぜなら、いったんなされた差押えは、過去の滞納分全額を、差押えにより取立がなされたり、任意の振込により支払ったとしても、有効なまま継続するためです。
差押えをした元妻との話し合いにより、差押えの取下について元妻からの同意を取り付けて、実際に元妻が差押えを取り下げてくれれば差押えは解除されますが、通常、差押えに至るまでに、元妻は、離婚にまつわる複雑な感情を味わい、養育費請求権を公的な権利として確立するまでに苦労し(公正証書を作ってもらったり、調停を成立させたりするなど)、さらには、養育費の滞納に心を痛め経済的にも苦しみ、差押え手続を実行するまでも、手続面や費用面で相当な負担を背負ったりする中で、元夫に対し、形容しがたいほどの怒りや不満を抱いていますから、元夫から「泣きが入った」くらいで差押えを解除してくれることは、まずありません。
差押えを維持しておけば、元夫が退職などしない限り、ほぼ自動的に元夫の給料から確実に回収できるのですから、元妻側からすれば、やっとのことで実現できた差押えを取り下げるメリットは何もないのです。
元夫が、「差押えを取り下げてくれないと、会社を辞めざるをえない」と元妻に訴えたところで、元妻に「そんなことはこちらの知ったことではない。そうなったら、あなたの次の勤務先を探しだして、また給料差押えをするだけよ」などと言われて拒否されたら、それでおしまいです。
どうしても差押えを解除してもらいたいならば、養育費を増額して公正証書化したり、差押え解除のための別途の解決金を一定額支払うなど、元妻側が納得するような大きな利益の付与をする、あるいは、お子さんの年齢が成人に近づいていて、養育費支払の終期が遠くない場合は、将来分も全額準備して、一括して繰り上げて支払うほかないでしょう(完済すれば、差押えは解消できます)。
しかし、いずれも、なかなか現実的に選択できるものではありません(だからこそ弁護士に相談に来られているわけですから)。結局のところ、勤務先に体裁は悪いままですが、養育費支払の終期が到来するまで、延々と何年にもわたり、給料差押えを受けた状態で、勤務を継続せざるをえないケースも少なくありません。こと養育費の滞納による給料差押については、私たち弁護士にも妙薬はないのです。
弁護士 中村正彦