離婚事件簿その1~事情聴取編(前編)
離婚して子を引き取ったものの、別れた配偶者が養育費を支払わない、あるいは、養育費の支払が途絶えてしまった、というような養育費の不払いに関するご相談は少なくありません。
厚生労働省による「平成28年度全国ひとり親世帯等調査」によれば、母子世帯における、離婚した父親からの養育費の受給状況は「現在も受けている」が24.3%、「受けたことがある」が15.5%であり、これに対して「受けたことがない」は56.0%となっており、半数以上の母子世帯が養育費の支払を一切受けられていない状況です。
一般的には、公証役場で公正証書を作成していたり、裁判所で調停が成立、あるいは審判がなされていて、かつ、養育費の支払義務者が、しっかりした勤務先に長く勤めているような場合には、養育費の支払が滞ることは比較的に少ないです。
なぜなら、公正証書や裁判上の調停調書、審判などで養育費の支払が定められている場合、養育費の支払がなされなければ、裁判所に強制執行を申し立てることができますから、上述のように勤務先が手堅く、退職している可能性が低いケースでは、給与を差し押さえることによって回収することができるからです。
養育費の支払義務者としても、給与を差し押さえられてしまうと、人事考課に響いてしまう怖れがあるため、養育費の支払を怠るようなことはしないのが通常です。
これに対して、養育費の支払義務者が、勤務先を転々としているような場合や自営業者である場合には、たとえ公正証書や裁判上の調停調書、審判などで養育費の支払が定められていたとしても、養育費の支払が滞ることが少なくありません。
給与を差し押さえるためには、勤務先の特定が必要であるところ、養育費の支払義務者が勤務先を転々としていると、どこの会社に対して給与を差し押さえればいいのか確定できませんし、自営業者の場合は、そもそも給与ではないため、差押の対象は取引先に対する売掛金となり、この場合、取引先がどこなのかだけではなく、どのような取引であるかも特定しなければなりません。
また、預貯金を差し押さえるにしても、銀行名だけでは足りず、支店を特定する必要があるため、養育費の支払を受ける権利者において把握が難しい場合などには、強制執行の申立が非常に難しくなり、養育費の支払義務者は、どうせ何も取られないだろうと高をくくっているわけです。
このような事態を少しでも改善するために、従来、あまり使われてこなかった裁判所による財産開示手続(平成15年に導入)を、民事執行法改正によって、以下のように強化する法改正が行われ、2020年(令和2年)の4月に施行されました。
財産開示手続の拡大・強化-対象の拡大と刑事罰の導入の導入-
相手方(養育費支払義務者)の財産が把握できず、強制執行(差押)をすることができない場合、裁判所に財産開示手続の申立をすることによって、相手方の財産内容を開示させることが可能です。
前述のとおり、従前から財産開示の制度はあったのですが、制度の利用は、確定判決等がある場合に限られていたため、公正証書や確定前の仮執行宣言付判決では利用することができませんでした。
また、相手方が財産開示手続に出頭しなかったり、虚偽の回答をしても刑事罰は科されることがなく、30万円以下の過料(行政罰の一種。前科にはならない)を課されることがあるに過ぎなかったため、有効に機能しているとはいえない状況でした。
そこで、今回の法改正では、公正証書や確定前の仮執行宣言付判決の場合にも財産開示手続が利用できるように制度の利用対象が拡大され、また、不出頭等に対しては、刑事罰(6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金)による制裁が科されるようになり、相手方に対する強制力が強化されました。
これによって、従前よりも実効的に相手方に財産開示をさせることが可能となりました。
第三者からの情報取得手続を新設
前述のとおり、強制執行をするためには、対象債権が預貯金である場合は金融機関の支店名、給与債権の場合には勤務先を特定しなければなりません。
債権者(養育費の支払を受ける権利者)が当該情報を有していない場合、財産開示の申立をしても、債務者(養育費支払義務者)が出頭しなかったり、虚偽の申告をして、正直に財産を開示しなかったりすると、結局、財産開示手続を利用しても、強制執行申立のための情報を取得できませんでした。
そこで、今回の法改正では、「第三者からの情報取得手続」という制度が新設され、養育費等の債権者の申立によって、裁判所が、金融機関から預貯金債権や上場株式、国債等に関する情報を取得したり、市町村や年金事務所等から勤務先に関する情報(給与に関する情報)を取得できるようになりました。
なお、第三者からの情報取得手続を申し立てるためには、「強制執行手続等を実施しても完全な弁済を受けることができなかったこと」または「知れている財産に対する強制執行を実施しても、完全な弁済を得られないこと」のいずれかを疎明する必要があります。
また、給与に関する情報を取得するための申立については、申立前3年以内に財産開示の期日が実施されている必要があります(財産開示手続の申立を先行して行わなければ申立をすることができない)。
以上のような法改正により、これまでならば回収を諦めざるをえなかった案件でも強制執行の申立が可能になることが期待されます。特に市町村や年金事務所から、給与に関する情報を取得できるようになったのは、養育費の支払を受ける権利者にとっては、かなり強力な手段ができたといえるでしょう。
そして何より、今回の法改正によって、今後は養育費の不払いが減少することにつながることを期待したいと思います。
弁護士 上 将倫