離婚事件簿その12~面会交流の重要性
平成31年2月19日、最高裁判所が、配偶者の不倫相手への慰謝料請求の内、「離婚慰謝料」の請求については、「原則として否定する」という新たな判断を示しました。
そこで今回は、この最高裁判例が、今後、慰謝料請求の実務にどのような影響を及ぼすのかを考察したいと思います。
事案の内容
妻(女性A)に不倫された後に離婚した男性甲が、元妻の不倫相手であった男性乙に対して、元妻と男性乙との不貞行為(不倫)が原因で離婚を余儀なくされたとして、慰謝料の請求をした事案で、その経緯は以下のとおりでした。
平成21年6月~、男性乙は、男性甲と婚姻中であった女性Aと不貞関係に及ぶようになりました。
平成22年5月頃、男性甲は、妻であった女性Aと男性乙との不貞関係を知りました。この同じ頃、女性Aは、男性乙との不貞関係を解消し、夫であった男性甲との同居を続けていました。
平成26年4月頃、女性Aは、夫であった男性甲と別居し、その後、男性甲のもとに帰ることはありませんでした。
平成26年11月頃、男性甲は、妻であった女性Aを相手方として、家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立て、平成27年2月25日、男性甲と女性Aとの間で、離婚調停が成立しました。
離婚から約8か月後(不貞の事実を知ってから約5年6か月後)、男性甲は、男性乙に対して、離婚に伴う慰謝料等の支払を求めて、提訴しました。第一審、第二審は、男性甲(元夫)の請求を認めて、男性乙に慰謝料の支払を命じました。
男性乙(元不倫相手)は、これを不服として、最高裁判所に上告しました。
最高裁判所の判断
最高裁判所は、以下のとおり判示し、男性甲(元夫)の男性乙(元不倫相手)に対する離婚に伴う慰謝料請求を否定しました。
「夫婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではないが、協議上の離婚と裁判上の離婚のいずれであっても、離婚による婚姻の解消は、本来、当該夫婦の間で決められるべき事柄である。
したがって、夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は、これにより当該夫婦の婚姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても、当該夫婦の他方に対し、不貞行為を理由とする不法行為責任を負うべき場合があることはともかくとして、直ちに、当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはないと解される。第三者がそのことを理由とする不法行為責任を負うのは、当該第三者が、単に夫婦の一方との間で不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られるというべきである。
以上によれば、夫婦の一方は、他方と不貞行為に及んだ第三者に対して、上記特段の事情がない限り、離婚に伴う慰謝料を請求することはできないものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、前記事実関係等によれば、上告人(男性乙・元不倫相手)は、被上告人(男性甲・元夫)の妻であったAと不貞行為に及んだものであるが、これが発覚した頃にAとの不貞関係は解消されており、離婚成立までの間に上記特段の事情があったことはうかがわれない。したがって、被上告人(男性甲・元夫)は、上告人(男性乙・元不倫相手)に対し、離婚に伴う慰謝料を請求することができないというべきである。」
本判決のポイント
○ 離婚による夫婦関係の解消は、本来、夫婦間で決められるべきものである。
○ 夫婦の一方と不貞行為を行った第三者は、不貞が原因で夫婦が離婚に至ったとしても、原則として夫婦の他方に対して離婚をさせたことを理由とする不法行為責任を負わない。ただし、不貞を行ったことそのものを理由とする不法行為責任(不貞慰謝料)は生じうる。
○ 例外的に、第三者が夫婦を離婚させることを意図して、婚姻関係に不当な干渉をするなどして、夫婦を離婚させたといえるような特段の事情があれば、離婚をさせたことについての不法行為責任が成立して、離婚に伴う慰謝料請求が可能となる。
本判決の意義
まず、誤解しないでいただきたいのは、本判決は、既婚者と不貞行為を行っても、不倫相手には慰謝料を支払う義務がないとは言っていないということです。
上述のとおり、本判決が否定したのは、離婚に伴う慰謝料(「離婚慰謝料」。離婚に至ったことに対する精神的苦痛)であって、不貞行為で受けた精神的苦痛を理由とする「不貞慰謝料」の支払義務については否定しておらず、これについては、不倫相手には従来どおり支払う義務があります。
本件において、不貞慰謝料が認められなかったのは、消滅時効が成立していたので、そもそも請求することができなかったためです。
不貞慰謝料も離婚慰謝料も、いずれも不貞行為という不法行為に基づく損害賠償請求ですから、時効の期間に違いはなく、損害及び加害者を知ったときから3年で請求権が消滅します。
<民法第724条>
不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
異なるのは時効の起算点(どの時点から時効がカウントされるのか)で、不貞慰謝料については、不貞行為があったこと(損害)及び不倫相手が誰であるかを知った時から時効のカウントが始まります。
これに対して、離婚慰謝料については、離婚をしたこと自体が損害であると考えますから、離婚成立前から不倫相手が誰であるかを知っていたとしても、時効のカウントは、離婚が成立するまでは始まらないことになります。
この点について、今回の最高裁判決は、離婚慰謝料については、時効云々以前に、離婚は夫婦の間で決められるべき事柄であって、原則として、不倫相手が責任を負うものではないとして、これを否定しました。
したがって、今後、離婚慰謝料を請求しうるのは、不倫相手が、夫婦を離婚させようと考えて、夫婦の関係に不当な干渉をするなどして、結果、夫婦が離婚に至ったというような、例外的なケースに限定されることになります。
今後の課題
① どのような場合に特段の事情が認められるのか
本件では、不貞行為が発覚した時期と同じ頃に、不貞関係が解消されていることから、最高裁判例のいう「特段の事情」はないと判断されています。
では、発覚後も不貞行為を続けていたような場合には、「特段の事情」があるといえるのでしょうか。この点、今回の判例上からは明らかではありません。
最高裁は、「特段の事情」について、「離婚させることを意図して」という文言をわざわざ用いて、いわば「悪意」を要求しています。これについて、厳格な判断がなされると、特段の事情が認められる場合はかなり限定されそうです。人の内心を証明するのは至難の業だからです。
他方で、不貞行為が発覚してもなお、一定期間、不貞行為を継続しているという外形的事実があることをもって「悪意」があるとして、比較的ゆるやかに判断する余地もあります。
私は、ある程度は柔軟に「特段の事情」を認めなければ、最高裁が例外を認めた趣旨が損なわれることになるのではないかと思いますが、今後の実務がどのようになるのか注目する必要があります。
② 不貞に基づく慰謝料金額への影響があるのか
第三者(不倫相手)に対して不貞行為に基づく損害賠償請求が認められる場合、従来の実務では、夫婦が離婚に至っているケースと、離婚に至っていないケースとでは、その金額に差があり、離婚に至っているケースの方が高額になる傾向にありました。
これは、離婚に至っているケースでは、単に不貞行為による精神的苦痛のみならず、離婚による精神的な苦痛についても、考慮がなされていたからであると思われます。
しかし、今回の最高裁判決によって、不倫相手は、原則として離婚に基づく慰謝料の支払義務を負わないことになったわけですから、夫婦が離婚に至っていたとしても、離婚に至っていないケースと同程度の慰謝料しか認められないようになる可能性があります。
もっとも、今回の最高裁判決は、不貞行為によって夫婦を離婚に至らしめたからといって、直ちに不法行為責任は生じないと判断しただけであって、不倫相手が夫婦の一方と不貞行為を行うことが不法行為に該当することは以前と変わりありません。
そうすると、不貞行為という不法行為と、離婚による精神的苦痛とに相当因果関係が認められる場合にまで、離婚に至っていることを考慮して増額認定することが否定されているのかというと、そうではないようにも思われます。
私個人としては、今回の判決を理由に、従来から行われている賠償金額の算定に影響を与えるべきではないと考えていますが、今後の実務を注意深く見守る必要があります。
弁護士 上 将倫