男女間トラブル事件簿その12~別れられない。別れてくれない。
言うまでもなく、配偶者がいるにもかかわらず、他の異性と不貞行為を行えば、その行為は不法行為となり、配偶者に対して慰謝料の支払義務を負うことは、ご存知のとおりです。
ところが、不貞をされた配偶者が、その結果被る損害は、慰謝料、つまり精神的苦痛にとどまらないケースが少なくありません。
そこで今回は、配偶者が不貞行為を行った場合に請求することが検討される、慰謝料以外の損害についてご紹介したいと思います。
弁護士費用
弁護士費用については、不貞行為を理由に訴訟を起こして勝訴した場合、認められた慰謝料の額の1割程度の金額が、損害として認定されるのが通例です。
もっともこれは、事件が判決にまで至った場合であり、訴訟前の示談や、訴訟の中で和解解決するなど、判決に至る前の解決においては、弁護士費用が解決金額に含まれるのは稀です。
判決で弁護士費用が損害として認められたとしても、その金額は、被害者が実際に支出した弁護士費用より少ないのが一般的です。
たとえば、慰謝料200万円を請求して提訴し、判決で150万円の支払が認められたというケースで考えてみると、一般にかかる弁護士費用としては、着手金16万円(税別)、成功報酬24万円(税別)の計40万円(税別)といったところだと思います。
しかしながら、判決で認められる弁護士費用の損害は、慰謝料の額の1割相当額ですから、150万円×0.1=15万円(税別)にすぎず、実際に支出した弁護士費用の半分にも届きません。
判決を得たとしても、自分が支出した弁護士費用の全額を回収することができるわけではないのです。
調査費用
不貞行為を理由とする損害賠償請求事件においては、興信所(探偵事務所)による調査で不貞行為が発覚し、これを証拠として用いることによって、勝訴判決を獲得するケースが少なからずあります。
この興信所へ支払った調査費用を、損害として認めるか否かについては、肯定する裁判例と否定する裁判例の双方があり、また、調査費用自体を直接的に損害としては認めないが、慰謝料の金額を認定するための一事情として考慮するとの裁判例もみられます。
調査費用が損害として認められる否かについては、以下の2点が問題にされます。
① 不貞行為の立証のために調査が必要であったか否か。
② 必要であったとして、その調査費用は相当な金額か。
すなわち、すでに不貞行為について十分な証拠があるにもかかわらず、興信所へ調査を依頼しているような場合には、①の点から、そもそも損害として認められません。
また、仮に①の点で問題がない場合であっても、調査費用が高額である場合は、②の点から、当該調査費用の全額ではなく、そのうち相当であると認められる金額のみを損害として認定する、という扱いがなされます。
たとえば、①の点について、東京地裁平成22年2月23日判決は、原告が100万円の調査費用を支出したケースで、被告が当初から不貞行為の事実を認めていたことを理由として調査費用を損害として認めませんでした。これに対して、東京地裁平成22年7月28日判決は、原告の調査費用が16万9290円であったケースにおいて、立証上必要であったとして、その全額を損害として認めています。
②の点については、東京地裁平成20年12月26日判決は、多額の調査費用を支出した場合に、それが直ちに被告の負担となるのは不合理であるとしつつ、通常必要となる調査費用の限度では損害として認められるとして100万円の調査費用を損害として認めました。また、東京地裁平成23年12月28日判決は、かかった調査費用157万5000円のうち、100万円を不貞行為と相当因果関係のある損害として認めています。
他方、東京地裁平成25年5月30日判決は、調査内容について、尾行して報告書を作成するという、さほど専門的とはいえないものであることを理由として、207万9000円の調査費用のうち、10万円についてのみ相当因果関係のある損害して認定しています。
一般には、100万円を超えるような調査費用は高額に過ぎ、損害として認められる可能性は低いといえます。
他方、数十万円程度なら、調査の必要性が認められ、しかるべき調査内容なのであれば、損害として認められる見込みが十分にあるといえるでしょう。
休業損害
不貞行為をされたショックによって働けなくなってしまったとして、その働けなかった期間に得られるはずであった給料相当額等を「休業損害」として請求されることがありますが、これについては、実務ではほとんど認められていません。
働けなくなったのは、不貞行為をされたことが原因であるという立証が困難な上、加害者側に予見可能性もないためです。
治療費等
不貞行為をされたことが原因で、うつ症状が生じたとして、その治療に要した費用を損害として請求されることがあります。
しかしながら、往々にして、もともと精神的に不安定であったとか、うつ症状の発症は他の原因によるものであるなどとの反論がなされ、うつ症状の発症と不貞行為との間に相当因果関係があるとの立証に困難が伴うため、容易には損害として認められません。
もっとも、これまで何ら精神疾患と無縁だった人が、不貞行為があったことを知った時から程なくうつ症状が始まり、直ちに通院を開始しているような場合には、治療に要した費用が損害として認められる可能性があります。
事実、治療費と通院交通費を不貞行為と相当因果関係のある損害として認めた裁判例もあります(東京地裁平成20年10月3日判決)。
また、治療費等が、独立の損害としては認められなかったとしても、治療を受けたことを慰謝料算定のための一事情として考慮することもあり得ます。
子供が被った精神的苦痛
かつては、不貞行為によって傷つくのは、配偶者だけでなく、その夫婦の間にできた子供も同じだとの考えから、子による慰謝料請求を認める裁判例も相当数ありました。
しかしながら最高裁判所は、昭和54年3月30日判決において、子供による慰謝料請求権を否定しました。
「親が子に愛情を注ぐことは、不貞行為の有無に関わりなく、親自身が単独で行うことができるのであるから、子が親の愛情を受けることができなくなったとしても、そのことと不貞行為との間には相当因果関係がない」というのがその理由です。
この裁判例には、先例として拘束力がありますので、子が慰謝料請求をしても認められません。
しかしながら実務では、配偶者に認められる慰謝料額は、未成熟の子(経済的にまだ独立していない子供のこと。成人していても「未成熟の子」に該当するケースもあります)がいる場合、未成熟の子がいない場合に比べて高くなる傾向があります。
裁判所は、子の慰謝料請求権を認めてはいないものの、配偶者に対する慰謝料額の認定の際に、事実上、子の被る損害を考慮しているように考えられます。
以上のように、配偶者が不貞行為を行った場合に請求することが検討される、慰謝料以外の損害のうち、独立の損害として認められる余地があるのは、「弁護士費用」と「調査費用」の2点になります。
その他の請求については、独立の損害として認めてもらうのは難しいため、慰謝料を増額するための一事情として考慮してもらうために主張していくのがよいでしょう。
一般には、不貞行為による損害賠償請求といえば、慰謝料請求がメインになりますが、それ以外にも損害がある場合には、損害の組み立てについても検討し、請求していかなければなりません。
弁護士 上 将倫