男女間トラブル事件簿その7~婚約破棄
一口に男女間トラブルといってもさまざまなケースがありますが、最近、非常に多くなっているのが、「交際相手と別れたいのだけれど、別れてくれない」というご相談です。
この種のご相談やご依頼に、男女の偏りはなく、男性からも女性からも等しく寄せられます。
幸いにも、このような経験をしたことがない方からすれば、「どうしてそんなことで、わざわざお金を払って弁護士に頼んだりするのだ」と思われるかもしれませんが、交際相手との閉ざされた人間関係に囚われてしまっている当事者間では、非常に深刻な問題が生じているのです。
例えば、いざ別れ話を切り出そうものなら、
○ 逆上し、激しく叱責や攻撃をしてきたり、「別れないといけない理由が分からない」などと執拗に述べて、別れることを絶対に承諾してくれない。
○ 電話やメールがあっても応答せず、LINEの既読をつけないなどして、連絡を取らないようにしようとすると、脅迫的な言動をしてきて、実際にその後何をされるか分からなくて怖い。
○ 「自殺する」と言い出して、実際に自殺を図ろうとする。
○ 別れてもいいとは言うものの、「あなたのために出した100万円を返せ」、「これだけこちらは傷ついているのだから、慰謝料を支払え」と言ってくる。
というような事態に陥ってしまっていて、別れたくても、別れることができない状態が継続し、日に日に追いつめられて精神的な余裕を失い、ご相談に来られたときには、恐怖に怯えたりして、心身ともに疲労困憊の状態となっておられます。
このような問題は、一見、法律的な紛争ではないように思われるかもしれませんが、私たち弁護士がご依頼を受けて介入することが必要な、法律的な問題が生じているケースが少なくありません。
法律的に言いますと、そもそも男女交際は、相互の自由意思のもとに、初めて成立、存続するものです。
つきあっている男女の一方が、さまざまな理由から別れるという決断をする結果、「『相互の』自由意思」があるとはいえなくなるため、もはや交際関係は存続しえず、交際は解消に至るほかありません。このことは、法的に検討するまでもなく、世の常でもありましょう。
別れを告げられる側に大きな心痛があろうことは当然理解できますが、いかに自分が別離を受け入れ難くとも、相手に対し、その意に沿わぬ交際の継続や再開を強要することは道徳的に問題となるだけでなく、法律的にもできません。
男女の交際関係の解消にあたって、法律上、「相手が同意してくれなければ別れられない」とか、「別れるにあたり、正当な理由が必要」というようなことは一切ありませんし、さらには、別れるにあたり、慰謝料支払義務が生じることも通常ありません(この点は、婚姻した夫婦や、正式に婚約をしたカップルと、大きく違うところです)。
また、交際の間に支出したお金を、事後的に「貸してあげていただけなんだから返済して欲しい」と主張するのも普通は無理があります。
私たちは、ご本人を代理して、そのような男女交際の基本的なあり方から解きほぐしながらも、毅然として、相手方に対して交際関係を確定的に解消することを宣言、通知するわけです。
必要に応じて、相手方と電話や面談で話をしたり、相手方が出してくる無理難題をはねつけるという対応も行います。
この種の問題で何より大切なのは、自力で対応しきれないどうしようもない深刻な状況に陥った場合には、躊躇せずに、私たち弁護士や警察等しかるべき機関へ相談し、問題を日の当たるところに曝し、健全な常識やしかるべき法律が適用される局面に持ち込むことです(→詳しくは弊所ホームページをご覧ください)。
事実、私たちにご相談いただいた多くのケースでは、しかるべき法的局面に持ち込むことによって、交際関係の解消が事実上成立しています。
別れることを強硬に拒絶している相手方としても、実は、どこかで決着をつけなければならないことは理解していて、ただ、思いが強すぎて自分ではどうしようもできないがゆえに攻撃的な言動へ至っているというところが少なからずあったりします。
中には、当初は極めて強い対決姿勢であったのが、根気強く交渉を重ねていく中で次第に冷静さを取り戻していき、最終的には、「当初は大きなショックを受けたが、本当に別れを受け入れるしかないのだと覚悟が決まって、逆に気持ちが整理でき、新たな方向に進もうという気になれた」というようなことを正直に吐露される方もおられます。
やはり、修復不可能なまでにこじれてしまった恋愛関係を無理に継続していると、どうしても互いに傷つけ合い、ただただ消耗していくばかりですから、このような場合には、第三者が介入し、明確に交際関係を解消することが、結局はお互いのためになるというケースが非常に多いのだと感じます。
一方で、比較的少数ではありますが、交際解消を通知しても、いっこうに相手方が納得せず、こちらが依頼者への接触等の停止を要求しているにもかかわらず、依頼者に直接連絡をとって抗議したり、嫌がらせ行為をしてくるなど、事態が紛糾するケースもないではありません。
このような場合は、速やかに警察に事情を相談し、相手方がしている行為が、「脅迫罪」、「強要罪」、「恐喝罪」、「業務妨害罪」等の刑法上の各種犯罪や、ストーカー規制法により禁止されているストーカー行為に該当していると考えられるときには、即時の介入を求め、また、まだそのような事態には至っていなくとも、今後、刑事処罰の対象になるような行為がなされるおそれがある場合には、事前の警戒と迅速な対応をとることを要請します。
近時では、ストーカー規制法が成立、施行されるなど、この種の事案に対する刑事法的な整備が進み、しかしなおも、ストーカー事案で深刻な結果が生じた事件が全国的に相次いでいることから、警察の対応も変化してきており、以前のように民事不介入などとして門前払いするのではなく、積極的に刑事立件するなど、かなり警察の協力が得られやすくなっています。
実際、私たちが受任した事案においても、事前に警察へ相談していたことによって、相手方が依頼者に対して加害行為を行った際、直ちに逮捕され、刑事事件として立件されたケースがあります。
なお、かつては、相手方からの依頼者に対する直接の接触を排除するにあたって、「面談強要等禁止の仮処分」を申し立てるといった民事訴訟的な対応をなすこともありましたが、最近では上記のように、より直接的な抑止効果がある刑事法的な対応をとりやすくなっている関係で、当事務所では、このような仮処分の手続を選択することは、ほとんどなくなりました。
弁護士 中村正彦