離婚事件簿その2~事情聴取編(後編)
子供の進学等に備えて「子供名義」で預貯金をもっておられるご家庭は少なくない。
この子供名義の預貯金、子供へ引き渡すまで円満に夫婦関係が継続すれば、何の問題も生じないのだが、子供へ引き渡す前に夫婦が離婚となった場合、しばしばもめごとの種になる。
離婚をする時点における子供名義の預貯金が、「子供の固有財産(子供自身の財産)」なのか「夫婦共有の財産」なのかによって、財産分与の対象となるかどうかの結論が全く異なってくるからだ。
妻が親権者として未成年の子供を引き取るケースを例に考えてみよう。
当該子供名義の預貯金が「子供の固有財産(子供自身の財産)」だとすれば、財産分与の対象から外れ、子供を引き取る妻が全額引き取り、管理していくことになる。
他方で、それが「夫婦共有の財産」であるとされれば、離婚に伴う財産分与の対象となり、夫婦で分けることになる。
この点、法律上は、民法第768条において、離婚の際の財産分与の方法についての抽象的なルールを定めるのみで、明確な規定はない。
したがって、まずは夫婦間の協議によって解決を図り、協議がまとまらないときは家庭裁判所の判断により決せられる。
では、家庭裁判所はどのようにして判断するのか。
実務上、子供名義の預貯金が、財産分与の対象となるか否かの判断に際して検討されるのは、たとえば以下のようなポイントである。
① 預貯金がどのような原資から形成されたのか(元手はどこか)。
② 預貯金の金額の大きさがどれくらいか。
③ 預貯金が形成された目的とその形成過程における当該預貯金に対する夫婦の認識が
どのようなものであったか。
④ 預貯金が形成された期間はいつからいつまでの間であったか。
⑤ 預貯金の管理主体が誰であったか(主に誰が管理していたか)。
⑥ 預貯金が使用されたことの有無。
⑦ 預貯金が使用された場合、その使用目的がどのようなものであったか。
⑧ 名義人となっている子供の年齢は何歳か。
こうした要素を総合的に考慮して、判断していくわけだが、中でも問題となるのは、(1)「預貯金がどのような原資から形成されたのか」についてである。
以下、具体的なケースごとに検討してみよう。
預貯金の原資が夫婦の一方または双方の稼働に基づく収入の場合
子供のある夫婦、特に、複数の子供のある家庭においては、夫婦の貯蓄の主たる目的は、将来の子供の養育費や教育費のためであることがほとんどであるといっても過言ではないだろう。
このようにして形成された資産が、「子供名義の預貯金」という形にしてある場合には、当該預貯金は「将来の子供の養育や教育のため」という色彩が強くなるから、親権を取得し、離婚後も子供を養育する方からすれば、「当然に、財産分与の対象とせず、自分が別途単独で取得し管理していくものだ」と考えがちである。
しかしながら、子供名義の預貯金が、夫婦の一方または双方の稼働に基づく収入により形成されている場合は、子供名義の預貯金は、原則として、財産分与の対象になると評価されると考えておいた方がよい。
なぜなら、夫婦の稼働に基づく収入は、まさに、「当事者双方がその協力によって得た財産=夫婦共有の財産」の典型例であるからだ。
ちなみに、妻が専業主婦で、当該預貯金が夫の収入のみを原資として形成されたものである場合でも、夫が独占的に取得することはできず、やはり財産分与の対象となる。
妻が、専業主婦として夫の稼働を支えたという働きが考慮されるからである。
もっとも、子供名義の預貯金の形成過程において、夫婦間で、「子供名義の預貯金は子供の養育にのみ使うものとして、離婚となった場合には、親権者として子供を引き取り養育していく側が取得する」などの共通認識や合意がある場合は、財産分与の対象とせず、親権者側が単独で取得するという取り扱いも可能であろう。
預貯金の原資が夫婦の稼働に基づく収入以外の場合
子供名義の預貯金が、児童手当(子供手当)、出産祝い、入学祝い、卒業祝い、お年玉、子供の小遣い、子供自身がアルバイトで貯めたお金など、夫婦の稼働に基づく収入とは別の原資によって形成された場合はどうだろう。
これらのケースでは、夫婦の稼働に基づく収入による場合とは異なり、先ほど述べた(1)~(8)のポイントを総合考慮し、個別具体的に判断するしかない。
【ケース①~児童手当】
まず、児童手当を、別途、子供名義で貯蓄していた場合について考えてみよう。
この点、児童手当法は、以下のように、第1条において児童手当の目的を、第2条において受給者の義務を定めている。
<児童手当法第1条>
「父母その他の保護者が子育てについての第一義的責任を有するという基本的認識の下に、児童を養育している者に児童手当を支給することにより、家庭等における生活の安定に寄与するとともに、次代の社会を担う児童の健やかな成長に資することを目的とする。」
<同第2条>
「児童手当の支給を受けた者は、児童手当が前条の目的を達成するために支給されるものである趣旨にかんがみ、これをその趣旨に従つて用いなければならない。」
児童手当法は、まず、第1条で、「家庭等における生活の安定に寄与する」という目的の社会給付であることを明らかにしているので、児童手当は子供自身に対して与えられるものではなく、「児童を養育している者」=親に対する給付であるといえる。
このことからすると、私見によれば、少なくとも同居期間中に支給された児童手当を原資として形成された子供名義の預貯金は、当該子供の親(父及び母)のために給付されたものであるといえ、夫婦共有財産として財産分与の対象になると考えるべきであると思われる。
もっとも、別居後に支給された児童手当を、別居期間中、実際に子供を引き取って養育していた親(監護親)が、子供名義の預貯金として積み立てていた場合については、離婚後は、その監護親が取得するという解決が妥当であろう。
【ケース②~祝い金・お年玉】
出産祝い・入学祝いなどの祝い金や、親以外の者からもらったお年玉などを、別途、子供名義で貯蓄していた場合はどうだろう。
まず祝い金については、夫婦の親族・知人から、子供を養育しており、何かと物入りな若い夫婦の家庭生活の安定への寄与のために、子供に対してではなく、親に対して贈られるという意味合いの金員であると考えることができるため、夫婦共有の財産として、財産分与の対象になるという結論に傾きやすいといえる。
お年玉についても、もらった子供の年齢がまだ幼いため、親が管理して、子供名義の預貯金としている場合には、祝い金と同じように、夫婦共有の財産として財産分与の対象となると考えておいてよいだろう。
もっとも、子供がある程度の年齢に達していて、お年玉の一部だけを親が管理し、残る部分は小遣いと同様の趣旨で子供自身に与え、その子供自身が管理・使用している場合、子供に与えた部分については、子供自身の固有財産として、そもそも財産分与の対象とはならない。
この部分は、民法第5条3項の「法定代理人が目的を定めて処分を許した財産(目的の範囲内で使用される場合)」あるいは「目的を定めないで処分を許した財産」と評価でき、子供自身が単独で処分できる(親の許可を得ることなく自由に使える)からである。
なお、民法第5条3項は、その財産が未成年者に帰属することを前提に、未成年者が当該財産を単独で有効に処分できるかどうかを定めたものであって、その財産が未成年者に帰属するかどうかという問題について定めたものではない。
すなわち、同条項に該当しない未成年者の財産については、原則どおり、当該財産は親権者など法定代理人の同意がなければ処分できない(同条1項)となるだけであって、同条項に該当しないからといって、直ちに未成年者の固有財産でないといえるわけではないことに留意が必要である。
<民法第5条>
1項 未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。
ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。
2項 前項の規定に反する法律行為は、取り消すことができる。
3項 第1項の規定にかかわらず、法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は、その 目的の範囲内において、未成年者が自由に処分することができる。
目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも、同様とする。
【ケース③~子供自身が小遣いを貯金していた場合やアルバイトなどをして得たお金】
子供自身が、親からもらった小遣いやアルバイトをして稼いだお金を、自分名義の預貯金にして管理していた場合はどうか。
これらの場合は、前記民法第5条3項の「法定代理人が目的を定めて処分を許した財産(目的の範囲内で使用される場合)」あるいは「目的を定めないで処分を許した財産」と評価されるケースがほとんどであろうから、子供自身の固有財産とされ、財産分与の対象にはならないと考えてよいだろう。
ただ、レアケースであるが、例えば、売れっ子の子役タレントが、テレビや映画出演によって得た高額の出演料などを親が管理し、子供名義で貯蓄していた場合などは、子供の稼働によって形成された預貯金であるとはいえ、その判断は非常に難しくなる。
私見としては、一定額は子供の固有財産としつつ、財産分与の対象となる部分も認められる可能性が高いと思われる。
なぜなら、子供が特殊な才能により高額の収入を得ることができたのは、両親の援助や養育があったからこそであるといえるし、他方で、子供自身の努力や才能という部分もあるからである。
【ケース④~学資保険】
いわゆる学資保険についても、子供名義の預貯金と同様に、財産分与上どのように扱うかという問題が発生する。
この点、学資保険の契約者は、子供自身ではなく、親のどちらか一方であり、その保険料は、夫婦の一方または双方の稼働に基づく収入から支払われているのであるから、別居時における解約返戻金相当額(別居したときに解約したとすれば戻ってくるお金)が、夫婦共有の財産として、財産分与の対象になるとされるのが一般的である。
以上のように、子供名義の預貯金と財産分与は、一筋縄でいかない難しい問題があるが、私のこれまでの経験に基づく印象としては、夫婦が円満なときには、将来の子供の養育のために二人でこつこつ貯蓄していたお金も、いざ離婚となると、双方の感情的なしこりから、取り合い、奪い合いになってしまうことが多い(子供名義の預貯金を隠す親さえいる)ということである。
しかし、子供の両親は、離婚をしても、いずれも子供の親であることに変わりはないのであるから、当該子供名義の預金が、将来の子供の健やかな成長のためにどのように使われるべきか、そのためには誰に委ねられるべきかを、相手(夫または妻)に対する感情的なしこりは横に置き、子供に対する愛情を持って、冷静な対応、判断をしていただきたいと思う。
弁護士 松尾善紀
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