男女間トラブル事件簿その11~死亡した内縁の夫名義の家に内縁の妻は住み続けることができるか
「結婚の約束をしていた交際相手から、突然、一方的に破談にされました。慰謝料の請求ができないでしょうか」という相談が、ときおり舞い込みます。
婚約破棄の問題です。
法律上、婚約についての明文規定はありませんが、婚約とは「婚姻予約の合意」という法律行為であって、その不履行は損害賠償義務を生じさせる、というのが判例上の確立した解釈です。
しかしながら、慰謝料などの損害賠償を請求するためには、まず、ご相談者のおっしゃる「結婚の約束」が、法律的に有効な「婚約」、すなわち「婚姻予約の合意」であると認められなければなりません。
実務的には、婚約破棄の相談の多くは、この、そもそもの入口の部分が問題となります。
単なる口約束だけでは有効な「婚約」と認められない
法律的に有効な「婚約」と認められるためには、当事者間で結婚について「真摯な合意」をすれば成立すると解されており、書面化しなければ成立しないというものではなく、口頭の合意であっても成立します。
ただ、交際している男女間で「結婚しよう」、「うん」という会話を交わしたというだけで有効な「婚約」と評価されるかというと、そう簡単なものではなく、その約束について、「将来、結婚をするという合意に、どの程度の確実性があれば法的保護に値するか」という観点から判断されます。
この「婚約」が成立しているかが問題となった最高裁判所の判決を紹介しましょう。
昭和38年9月5日判決は、「当事者がいずれも高等学校卒業直後であり、男性においてなお大学に進学して学業を継続しなければならないときに肉体関係を結ぶに至った場合でも、将来夫婦となることを約して肉体関係を結んだものであり、その後も男性において休暇で帰省するごとに肉体関係を継続し、双方の両親も男性の大学卒業後は婚姻させてもよいとの考えで当事者間の右の関係を黙認していたなどの事情」があるケースで、婚約の成立を肯定しました。
また、昭和38年12月20日判決も「真実夫婦として共同生活を営む意思でこれに応じて婚姻を約した上、長期間にわたり肉体関係を継続した」というケースで、婚約の成立を認めています。
これらの判決を見てみると、裁判所は、婚約の成立に関する「合意の確実性」については、当事者の主観を重視しており、あまり厳格なものを要求していないように読めます。
しかし、上記の判例は、いずれもおよそ50年も前のものです。
昭和38年当時と現在とでは、交際中の男女自身やその両親の婚姻に関する考え方、男女間の付き合い方や、その中での肉体関係のあり方も、ずいぶんと変化しています。
現在の男女間の交際のあり方からすれば、昭和38年当時のように、本人同士で単に「将来結婚しようね」などと話し合いながら肉体関係を長期間継続していたというだけでは足りず、「結納を取り交わした」「結婚式場の予約をした」、あるいは、そこまでいかずとも「両家で正式に結婚についての挨拶をした」などの一定の社会的行為まで伴っていなければ、「合意の確実性」があるとはいえず、有効な「婚約」として、法的保護の対象として認められない傾向にあるというのが、私たちの実務上の感覚です。
婚約破棄に「正当な理由」があれば慰謝料は発生しない
有効な「婚約」であると認められたとしても、相手方の婚約破棄に正当な理由があれば、慰謝料請求などの損害賠償請求をすることはできません。
真にやむを得ない正当な理由があれば、違法と評価されないからです。
この「正当な理由」は、民法770条の離婚原因に関する類型や考え方に準じて評価されると考えてよいと思われます。
具体的には、婚約した相手方に「不貞行為(浮気)」や「暴力(DV)」があったり、「相手方が強度の精神病にかかり回復の見込みがない」などの場合には、有効な「婚約」を破棄したとしても、「正当な理由」があるとして違法とは評価されません。
また、これらの類型に該当しない場合であっても、婚約を破棄された側に、結婚生活に関係する重要な要素についての虚偽説明や秘匿があったりして、それが、「婚姻をし、それを継続することが困難であるような重大な事由」であると認められる場合には、同様に婚約破棄の「正当な理由」があるとして違法とは評価されません。
ただ、よくありがちな「深刻な性格の不一致が婚姻前に明らかになった」という理由については、「性格の不一致」というのは、多くの場合、一方(あるいはお互い)の主観的な感じ方による部分が大きく、婚姻生活が困難であるということが、何らかの形で客観化されていると評価されるにまで至っていないことが多いため、訴訟上、「正当な理由」であると認められることは、実際にはほとんどありません。
婚約破棄の慰謝料相場は数十万円~100万円程度
では、婚約の成立が認められ、その一方的破棄に正当な理由もないとされた場合、認められる慰謝料の額は一体いくらくらいなのでしょうか。
過去の裁判例の分析(千葉県弁護士会編「慰謝料算定の実務」ぎょうせい)によれば、30万円程度~500万円程度までと、かなり幅があります。
ただ、500万円という判決が出たのは、被差別部落出身であることを理由として婚約が破棄されたという事例であるため、特殊なケースであると考えるべきでしょう。
慰謝料の額は、個々の事案ごとに、当該婚約破棄によって、破棄された側が、どの程度の心理的、経済的、社会的な打撃や損害を受けたかが、具体的事情に基づいて評価されて決まりますので、結局はケースバイケースなわけですが、私たちの実務経験上からの相場としては、数十万円~せいぜい100万円程度までといったところです。
なお、婚約破棄に基づく損害賠償の対象は、被った精神的苦痛に対する補償である慰謝料のほかに、事案によっては、婚姻を前提として勤務先を退職した場合の逸失利益や、無駄になった支度費用相当額などについてまで請求が認められるケースもありますので、このような場合には、全体として100万円を上回ることも十分考えられます。
弁護士 中村正彦