男女間トラブル事件簿その7~婚約破棄
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これらの裁判例は、いずれも、性行為を行ったことを男性と女性が行った妊娠をする可能性のある共同の先行行為と捉えて、その結果生じる妊娠中絶による身体的及び肉体的苦痛は直接的には女性が被ることになるので、男性は、その負担を軽減、解消すべき法的義務を負っており、そのような軽減、解消行為を行わないことは、不法行為に該当すると判断しています。
その上で、男性はそのような軽減、解消行為を行っていないと判断しています。
そして、女性が被った肉体的及び精神的苦痛を評価した金額のうち、半額を男性が賠償すべきであるとしています。
また、裁判例①の事案では、慰謝料だけではなく、うつ状態などについての治療費についてまで、同様に損害の対象とされています。
これについても男性が負担すべき金額は、損害額の半額とされています。
このような判断は、従来の考え方からすれば、かなり進んだものであるといえ、かつては泣き寝入りを余儀なくされていた女性に、救済の道を開くものであるといえるでしょう。
ただ、いずれの裁判例も、男性が女性に対して、妊娠中絶による負担について、十分な負担軽減、除去のための措置を行っていなかったからこそ、なされた判断でもあります。
男性が、妊娠を知った後、女性に十分な気遣いをし、中絶費用を支出するに止まらず、肉体的・精神的苦痛の軽減、解消行為が十分に行われていると評価できる場合には、賠償義務を負うことはなかったのです。
また、女性が重いうつ状態を発症していたり(裁判例①)、男性が女性に対して「産むなら一人で産んでほしい。」と告げるなど(裁判例②)、女性の側に気の毒な事情があったり、男性側の対応に明らかな問題がある事例であるともいえます。
これらのような事情がない場合にも同様の判断がなされるのか否かは不透明です。
さらに、これらの裁判例は、最高裁判例と異なり、必ずしも他の裁判所を拘束するものではありません。
以上からすれば、現時点では、妊娠中絶に至った場合に、当然に必ず男性に対して慰謝料等の請求が認められるとはいえず、「妊娠中絶したことに対して慰謝料を請求できますか」との問いに対しては、「詳しい事情をお伺いしなければ、慰謝料請求が認められるか否かはお答えできません」とお伝えするほかありません。
しかし、ようやく司法の場面においても、妊娠中絶が、女性にとって肉体的にも精神的にも極めて大きな負担であるという理解が深まり、その負担を少しでも軽減しよう、何とか救済しようという流れが生まれつつあると評価してよいでしょう。
弁護士 上 将倫