男女間トラブル事件簿その4~妊娠中絶をした場合、慰謝料や中絶費用等を請求できるか(後編)
女性は男性に慰謝料を請求できない?
交際している男女の間で、女性が妊娠し、やむなく中絶することになった場合、女性は慰謝料を男性に請求することはできないのでしょうか。
慰謝料請求という損害賠償が認められるためには、「あなたの違法な行為によって、私に損害が生じた」といえなければならないのですが、女性自身が望まない中絶の場合、女性は中絶によって、肉体的にも精神的にも多大な負担を被りますので、損害は生じているといえます。
しかし、この損害を生じさせた、未婚の男女が合意に基づいてなす性行為は、何ら違法な行為ではないため、「女性は男性に対して、当然には損害賠償を求めることはできない」というのが法律の建前です。
ですから、従来は、性行為や中絶が女性の意思に基づくものである以上、慰謝料の請求は認められないという考え方が一般的でした。
中絶費用についても同様です。
変わる司法の判断~慰謝料請求を認めた最近の裁判例
ところが、最近はそのような風向きが徐々に変わってきています。
「事情によっては」という前提がつきますが、以下のように、女性から男性に対する損害賠償が認められる裁判例が出てきているのです。
【裁判例①~東京地裁平成21年5月27日判決、東京高裁平成21年10月15日判決(判例時報2108号・57頁)】
〈事案の概要〉
原告(女性)が、結婚相談所を介して被告(男性)と知り合い、交際して合意の上で性行為を行い、妊娠したが、その後交際を終えたため、被告の同意を得て中絶した。
原告はその後に心身症の胃炎、不眠症、重篤な精神疾患等を発症して、精神的な苦痛を受けた。
〈裁判所の判断(東京地裁)〉
「共同して行った先行行為の結果、一方に心身の負担等の不利益が生ずる場合、他方は、その行為に基づく一方の不利益を軽減しあるいは解消するための行為を行うべき義務があり、その義務の不履行は不法行為法上の違法に該当するというべきである。」
「本件性行為は、原告と被告が共同して行った行為であり、その結果である妊娠は、その後の出産又は中絶及びそれらの決断の点を含め、主として原告に精神的・身体的な苦痛や負担を与えるものであるから、被告はこれを軽減しあるいは解消するための行為を行うべき義務があったといえる。
しかるに、被告はどうしたらよいか分からず、具体的な話し合いをしようとせず、原告に決定を委ねるのみであったのであって、その義務の履行には欠けるものがあったというべきである。
したがって、被告は、義務の不履行によって、原告に生じたということができる後記損害を賠償すべきである。
ただし、その不履行も原告と被告との共同行為であるといえるから、賠償すべきは後記損害の2分の1とするのが相当である。」
「上記精神的苦痛等に対する慰謝料は併せて200万円とするのが相当であり、また、証拠によれば(うつ状態等の治療に要した)治療費等は合計68万4604円であると認められるから、上記損害について被告が賠償すべき損害(上記合計の2分の1)は、134万2302円となる。
また、原告が本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは顕著であり、被告にはその費用中の10万円を負担させるのが相当である。」
「したがって、被告は原告に対し、以上の合計144万2302円の賠償義務があるところ、既に30万円を賠償しているから、その残額は114万2302円となる。」
この事件の控訴審である東京高裁平成21年10月15日判決も、以下のように述べて、東京地裁の判決を維持しました。
〈裁判所の判断(東京高裁)〉
「控訴人(一審被告)と被控訴人(一審原告)が行った性行為は、生殖行為にほかならないのであって、それによって芽生えた生命を育んで新たな生命の誕生を迎えることができるのであれば慶ばしいことではあるが、そうではなく、胎児が母体外において生命を保持することができない時期に、人工的に胎児等を母体外に排出する道を選択せざるを得ない場合においては、母体は、選択決定をしなければならない事態に立ち至った時点から、直接的に身体的及び精神的苦痛にさらされるとともに、その結果から生ずる経済的負担をせざるを得ないのであるが、それらの苦痛や負担は、控訴人と被控訴人が共同で行った性行為に由来するものであって、その行為に源を発しその結果として生ずるものであるから、控訴人と被控訴人とが等しくそれらによる不利益を分担すべき筋合いのものである。
しかして、直接的に身体的及び精神的苦痛を受け、経済的負担を負う被控訴人としては、性行為という共同行為の結果として、母体外に排出させられる胎児の父となった控訴人から、それらの不利益を軽減し、解消するための行為の提供を受け、あるいは、被控訴人と等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有し、この利益は生殖の場において母性たる被控訴人の父性たる控訴人に対して有する法律上保護される利益といって妨げなく、控訴人は母性に対して上記行為を行う父性としての義務を負うものというべきであり、それらの不利益を軽減し、解消するための行為をせず、あるいは、被控訴人と等しく不利益を分担することをしないという行為は、上記法律上保護される利益を違法に害するものとして、被控訴人に対する不法行為としての評価を受けるものというべきであり、これによる損害賠償責任を免れないものと解するのが相当である。」
「しかるに、控訴人は、前記認定のとおり、どうすればよいのか分からず、父性としての上記責任に思い致すことなく、被控訴人と具体的な話し合いをしようともせず、ただ被控訴人に子を産むかそれとも中絶手術を受けるかどうかの選択を委ねるのみであったのであり、被控訴人との共同による先行行為により負担した父性としての上記行為義務を履行しなかったものであって、これは、とりもなおさず、上記認定に係る法律上保護される被控訴人の法的利益を違法に侵害したものといわざるを得ず、これによって、被控訴人に生じた損害を賠償する義務があるというべきである」
「なお、その損害賠償義務の発生原因及び性質からすると、損害賠償義務の範囲は、生じた損害の2分の1とすべきである。」
【裁判例②~東京地裁平成24年5月16日判決(ウエストロージャパン登載)】
〈事案の概要〉
同棲している男女の間で、避妊せずに性行為に及んだことが複数回あったが、同棲解消後に妊娠が発覚。
女性が男性にそのことを告げると、男性は「今からよりを戻すつもりはない。」「産むなら一人で産んでほしい。」「認知はする」などと告げた。
女性はこれに対して、「誠意を見せて欲しい」と言った。
その後、男性は中絶同意書に署名押印して、中絶費用を支出し、女性は中絶手術を行った。
〈裁判所の判断〉
「本件妊娠に至る性行為は、原告と被告が共同して行う行為であるところ、同行為の結果、妊娠に至り、かつ、中絶を選択した場合に、直接的な身体的・精神的苦痛を受け、かつ、経済的負担を被らざるを得ないのは女性たる原告である。
上記苦痛ないし負担は、もともとは、原告と被告とが共同で行った性行為に由来し、その結果として生じるものであるから、原告と被告とは等しく上記不利益を分担すべきものというべきであって、上記不利益を直接的に受ける原告は、被告から同不利益を軽減ないし解消するための行為の提供を受け、あるいは、原告と等しく不利益を分担すべき行為の提供を受ける法的利益を有し、この利益は原告の被告に対する法律上保護される利益といえ、被告は原告に対し上記行為を行う義務を負うものというべきである。
そこで、被告が、上記不利益を軽減し、解消するための行為を行わず、あるいは、原告と等しく不利益を分担することをしない行為は、上記法律上保護される利益を違法に害するものとしての評価を受けることとなり、このような場合には、被告は損害賠償責任を免れないものというべきである。」
「これを本件についてみるに、上記認定事実のとおり、被告は、本件妊娠を知らされた後に、原告に対して出産するのであれば認知はする旨言明し、かつ、中絶手術費用を支出した事実が認められる一方、原告に対して、『産むなら一人で産んで欲しい。』などと告げたほか、それ以上に具体的な話し合いをすることもなく、原告一人に子を出産するかそれとも中絶するかの選択を委ねたのであり、原告との共同による先行行為により負担した上記行為義務を履行しなかったといえるから、原告の上記法的利益を違法に侵害したものといえ、これによって原告に生じた損害を賠償すべき義務があるというべきである。なお、その損害賠償義務の範囲は、生じた損害の2分の1とすべきである。」
「以上の認定判断によれば、原告は、妊娠及び中絶手術により精神的かつ身体的苦痛を受けたことが認められるところ、これに対する慰謝料は100万円とするのが相当であり、上記損害について被告がこれを賠償すべき金額は、同額の2分の1である50万円となる。
また、原告が本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委ねたことは顕著であるから、被告に対し、その費用中5万円を負担させるのが相当である。
他方、原告が求める休業損害については、その収入がなくなったことが本件妊娠及び中絶の結果であると認めるに足りる的確な証拠はない。」(後編へつづく)
弁護士 上 将倫