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特別受益の基本

中村正彦

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特別受益と持戻し計算

 複数いる相続人(共同相続人)の中に、被相続人から遺贈を受けたり、生前贈与を受けたりした者がいた場合に、その相続人が他の相続人と同じ相続分を受けると相続人間で不公平が生じてしまいます。

 例えば、相続人が子A、子B、子Cの3名だけで、死亡時の遺産が900万円であったが、子Aは被相続人から生前に300万円の贈与を受けていた、というケースで考えてみましょう。
 この場合、単純に法定相続分で計算すると、子Aは、900万円の3分の1である300万円+生前贈与を受けた300万円の計600万円を得る一方、子Bと子Cは、900万円の3分の1である300万円ずつしか受け取れない結果となり、不公平が生じます。

 そこで民法は、このように、共同相続人の中に、被相続人から特別な利益の供与(遺贈や多額の生前贈与)を受けた者がいる場合、その受けた利益を「特別受益」として、計算上、その額を遺産に加算(「持戻し」と呼ばれています)した上で、具体的な相続分を算定することにより、共同相続人間の公平を図っています(民法903条)。

 上記のケースにあてはめると、まず、子Aが生前贈与を受けた額である300万円を被相続人の死亡時の遺産である900万円に加算し(900万円+300万円=1200万円)、この1200万円を相続財産とみなします(「みなし相続財産」といいます)。
 その上で、このみなし相続財産である1200万円を基礎として、各自の法定相続分を計算します。相続人は子3名のみですから、それぞれ3分の1である400万円ずつが法定相続分になります。
 しかしこの内、子Aは、被相続人から生前に、既に特別受益として300万円を受け取っていますので、実際の遺産額である900万円についての子A の相続分は、法定相続分400万円から特別受益300万円を控除した100万円となり、残る800万円は、子Bと子Cが、それぞれ400万円ずつ受け取ることになります(この特別受益を考慮して相続分を算出する一連の計算を「持戻し計算」といいます)。

 なお、民法903条は、特別受益の要件として、①遺贈(遺言によって遺言者の財産の全部又は一部を無償で相続人等に譲渡すること)を受けること、又は、②婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与(生前贈与)を受けることが必要であると定めています。

(参照条文)
 民法903条 特別受益者の相続分
 第1項 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。

 第2項 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。

 第3項 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する。
 
 同904条 前条(903条)に規定する贈与の価額は、受贈者の行為によって、その目的である財産が滅失し、又はその価格の増減があったときであっても、相続開始の時においてなお原状のままであるものとみなしてこれを定める。

特別受益となる生前贈与とは

 実務上、特別受益が多く問題となるのは、上述の要件の内、②の「婚姻若しくは養子縁組のため」もしくは「生計の資本として」生前贈与を受けた相続人がいる場合です。
 では、どのような生前贈与があった場合に、民法上の特別受益とされ、持戻し計算がされるのでしょうか。以下、具体的に見ていきましょう。

① 婚姻・養子縁組のための贈与
 結婚に際して、持参金や支度金を親から受け取っている場合、一般的には特別受益になりますが、その価額が少額であるとか、被相続人(親)の資産や生活状況からみて、その子に対する扶養の一部と認められる場合には特別受益とはならないと考えられています。
 さらに、結婚式の費用・新婚旅行の費用・結納金を親が出している場合にも、金額にもよりますが、一般的には特別受益にはならないと考えられています。
 概ね、親が生前、子に対して何らかの金銭給付(贈与)をしていたとしても、それが、子に対する親の扶養義務の履行に基づく支出と評価できるものは特別受益にはならないと考えればよいでしょう。


② 生計の資本としての贈与
 「生計の資本としての贈与」とは、居住用の不動産の贈与や、その取得のための金銭の贈与、開業資金の贈与など、贈与を受けた相続人の生計の基礎のために役に立つような財産(≒生きていくためのインフラ)を無償で渡すことをいいます。
 したがって、遊興費として小遣いをもらっていたなどの事情は特別受益には当たらないと考えられています。
 「生計の資本」といえるかどうかは、その額、贈与を行った趣旨などから個別具体的に判断されます。 
 金額が少額であるとか、扶養義務の履行としてなされたものと判断される場合(新築祝金、孫の入学祝金など親としての通常の援助の範囲内の贈与や、身体上の障害や疾患のために稼働ができない子に対して親が経済的に援助をしている場合など)は、特別受益にはならないと考えられています。
 他方で、親が子の事業の借金の連帯保証人になっており、子が支払えなくなった場合に、連帯保証人として子の借金を弁済(肩代わり)した場合、親は連帯保証人として自分の責任を果たしたに過ぎず、子に対して贈与をしたわけではないかのようにも見えますが、この場合に親が主債務者である子に対する求償権(肩代わりした借金を返済するよう請求する権利)を放棄した場合には、その放棄した額について、子に対して、生計の資本としての贈与があったものとみて、特別受益があったものと考えてよいでしょう。

死亡生命保険金は特別受益になるか

 共同相続人の内の1人が、被相続人の死亡生命保険金を受け取った場合、それは特別受益になるのでしょうか。
 この場合、原則として、保険契約上、受取人になっている者が、死亡保険金の請求をして死亡保険金を受け取っても、保険契約上の権利行使を行ったに過ぎないので、特別受益にはなりません。
 しかし例外的に、特別受益に準じて持戻しの対象になる場合があります。
 具体的には、保険金を受け取った相続人と、受け取らなかった相続人との間に生じる不公平が、民法903条の特別受益の規定の趣旨に照らして、到底是認することができないほどに著しいものと評価すべき特段の事情がある場合には、特別受益に準ずるものとして、受け取った死亡保険金の額を持戻しの対象とするべきであるとされています(最高裁平成16年10月29日決定)。
 このように判断される理由は、死亡保険金を受け取るための費用である保険料は、保険契約者である被相続人が生前に支払ったものであり、この生前の被相続人による保険料の支払があるからこそ、保険金受取人となっている特定の相続人に、被相続人の死亡による保険金請求権が発生する(保険金を受け取ることができるようになる)のであるといえ、生前に贈与を受けていた場合と同じような状況が生じていると考えられるからです。
 もっとも、「不公平が民法903条の特別受益の規定の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものと評価すべき特段の事情」があるといえるかどうかについては、上記最高裁の決定では、「保険金の額」「保険金の額が遺産の総額に占める割合」「保険金を受け取った相続人が被相続人と同居をしていたかどうか」「被相続人の介護等に対する貢献の度合いがどのようなものであったか」などに関する、保険金を受け取った相続人とそれ以外の相続人との関係、各相続人の生活状況等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきとされています。

持戻しの免除とは

 特別受益があると判断される場合、その額は「持戻し計算」がなされることになりますが、被相続人の意思表示によって、特別受益を受けた相続人の受益分の持戻しを免除することができます(民法903条3項)。
 この規定は、相続人間の公平よりも、被相続人の「特定の相続人へ法定相続分を超える遺産を相続させたい」という意思を尊重しようという趣旨に基づいています。
 具体的には、被相続人が、相続が開始する時までに、特別受益を遺産分割に際して持戻す必要がない旨の意思を示していれば、その特別受益については持戻し計算をしない扱いになります。
 ここでの意思表示は、生前贈与の場合、明示的なものでも黙示のものでもよく、その方式に特段の制限はありませんが、遺贈の場合は、生前贈与の場合に比べ、より明確な存在が必要であると考えられています。
 この点、持戻し免除の意思表示が「黙示」の場合、その意思表示が認められるか否か検討が必要となりますが、基本的な視点としては、被相続人が、特定の相続人(特別受益を受けた相続人)に対し、その法定相続分以外にも財産を相続させよう(させてもよい)という意思を持っていたということを推測させるような事情があるかどうかにより判断されます。
 具体的には、「病気その他の理由によって独立した生計を営むことが困難な相続人に対し、その生活保障を目的として生前贈与がなされた場合」、「被相続人の妻の老後の面倒をみてもらうため、同居する相続人に対し、その生活を支えるための生前贈与がなされた場合」、「家業を相続人に承継させるため、家業を承継する相続人に対し、その承継に必要となる不動産を相続させた場合」、「被相続人が、生前贈与をした相続人から、その見返りに利益を受けている場合」などには、黙示の持戻しの免除の意思表示があったと認められる場合があるとされています。

                                弁護士 松尾善紀

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中村正彦(弁護士)

弁護士法人 松尾・中村・上法律事務所

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