特定の子に財産を相続させないことはできるのか?
遺産相続の場面において、大きな分岐点となるのが、遺言の存在です。
遺言は、遺言者にとって、死後の法律関係を定める最後の意思表示であり、非常に重要なものなのですが、これをきちんと法律的に有効なものとするためには、民法で定められた方式に従った「遺言書」を作成しなければなりません。
遺言「書」とあるように、遺言は書面で遺さなければならず、たとえ録音や録画をしたとしても、口頭で言い遺す遺言はその全てが無効であり、部分的に有効となる余地もありません。
遺言が無効の場合、遺産相続は、遺言がない場合と同様に法定相続になりますから、遺言があるからと安心していた遺族が、想定外の不利益を被ることになるケースが多く、せっかくの遺言も、不十分であれば、かえって遺族間にトラブルの火種を作ることになりかねません。
そこで今回は、確実に有効な遺言を遺せるよう、実務で一般的に使われる遺言の方式である「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」について、作成上の留意点や特徴をご説明したいと思います。
自筆証書遺言の作成方法
自筆証書遺言は、文字通り、遺言をする人が自筆で遺言書を作成する方法です。
自分だけで作成でき、費用もかからないのがメリットですが、以下の方式を守って作成しなければ有効な遺言となりませんから、ご注意ください。
(1)全文を自書する
遺言者が、遺言書の一字一句全てを「自分で」「手書き」せねばなりません。
たとえ一文字であっても、誰かに代筆してもらっていれば、遺言は無効となります。
パソコンやワープロによる作成も無効です。
(2)作成した日付を記入する
和暦でも西暦でも構いませんが、作成した日付の記載(これも当然自書です)がなければ、遺言は無効となります。
○月「吉日」との記載も認められず、無効です。
(3)署名・押印をする
遺言書に署名(自署)と押印がなければ、遺言は無効となります。
押印については、実印である必要はなく、認め印や指印でも有効です。
(4)加除(加筆・削除)その他の変更部分については、その場所を指示し、
これを変更した旨を付記して、特にこれに署名し、
かつ、その変更の場所に押印をしなければならない
遺言書に加除や訂正をする場合は、以下の処理が必要になります。
やや面倒な処理なので、変更箇所が多岐にわたる場合は、書き直した方が早いかもしれません(複数の遺言がある場合、後に作成された遺言が効力をもちます)。
① 変更する部分に、加筆の場合は、『{ 』(挿入の記号)を付けた上で文言を加える。
削除・訂正の場合は、二本線で消し(ただし原文(もとの文言)が判読できるように)、正しい文言を記入する。
② 変更した部分に、署名・押印の際に使用した印鑑で、押印する。
③ 変更した部分の欄外に「本行○字加入△字削除」というように付記するか、遺言書の末尾に「本遺言書第三項第二行目『○○○』とあるのを『×××』と訂正した」など変更した部分がわかるように付記する。
④ 付記した箇所に、遺言者本人が署名する(ここへの押印は不要です)。
自筆証書遺言の弱点
民法所定の方式さえおさえれば、気軽に作成できる自筆証書遺言ですが、下記のような弱点や課題があることも、踏まえておく必要があります。
◎ 高齢や病気のために手が不自由だったり、障害により目が見えないために、自分で遺言書を筆記できない人は、自筆証書遺言を作成することはできません。
◎ 弁護士など専門職の助言を得ることなく自己流で遺言書を作成した場合、たとえ方式を守って作成していたとしても、肝心の遺言内容が、十分に特定できる表現になっておらず、遺言の全部または一部が無効になってしまう場合があります。
実際に私が取り扱った事例において、遺言書の最後に「残った財産があれば、○○町と△△自治会 と、お世話になった××先生に、適当に寄付してください。」というような一条があったのですが、「適当に寄付」という表現では、誰に、いくらお渡しするのかということが具体的に特定されていないため、この一条については、どうしても無効(遺言執行不能)と解さざるを得ませんでした。
◎ 遺言内容が不満な相続人に、「筆跡が違う。この遺言書を作成したのは、遺言者本人ではない」とか、「遺言書作成時には、認知症で判断能力はなかったはずだ。同居していた長男に言われるままに、無理矢理に書かされたに違いない」などとして、遺言の成立の真正(誰が作成したか)や、遺言者の遺言能力について、事後的に争われる余地がどうしても残ってしまいます。
◎ 遺言書の存在を遺族が知らなかった場合、遺言書を発見した遺族が、自分にとって不利であるからと遺言書を隠してしまったり、廃棄してしまったりすることも起こりえます。
そのような悪意はなくとも、遺言書を紛失してしまい、遺言が実現できないケースも考えられます。
◎ 自筆証書遺言の場合は、遺言書の保管者またはこれを発見した相続人は、遺言者の死亡を知った後、遅滞なく遺言書を家庭裁判所に提出して、その「検認」を請求しなければなりません。
検認とは、相続人に対し、遺言の存在及びその内容を知らせるとともに、遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名など検認の日現在における遺言書の内容を明確にして、遺言書の偽造・変造を防止するための手続です。
また、自筆証書遺言においては、遺言書が封印されている場合、家庭裁判所において、相続人等の立会いの上で開封しなければならないことになっています。
公正証書遺言の作成方法
公正証書遺言とは、公証役場において、公証人に遺言書を作成してもらう遺言です。
自筆証書遺言と異なり、費用(公証人に支払う費用のほか、弁護士が遺言内容について助言したり遺言の証人となる場合は、それにも費用を要します)がかかるという面はありますが、自筆証書遺言には、前記のような弱点や課題があることから、私たち弁護士は、遺言書の作成のご相談に際しては、一般的に公正証書遺言をお勧めします。
公正証書遺言は、以下の方式により作成されます。
① 証人2人以上が立ち会う
② その上で、遺言者自身が、遺言の趣旨を公証人に口頭で説明する
③ 説明を受けた公証人は、遺言内容を筆記し作成した遺言書を、遺言者本人に読み聞かせたり閲覧させたりして確認してもらう
④ 確認が完了した遺言書に、遺言者及び証人が署名する(遺言者が手が不自由であるなどして、自ら署名できないときは、公証人がその旨を付記して署名に代えることができる)
⑤ 最後に公証人が、当該遺言書を「証書」として作成し、署名押印する
公正証書遺言のメリット
公正証書遺言では、下記のように、自筆証書遺言にある弱点等や課題が、ほぼカバーされており、より確実に有効な遺言を遺すことができます。
◎ 遺言者が手や目が不自由であっても作成が可能です。
◎ 専門職である公証人が遺言内容をチェックし、正確かつ内容の特定の面でも問題のない表現の遺言書が作成されますから、不備により無効となることはありません。
◎ 公証人及び証人によって遺言者の本人確認をし、公証人において、遺言能力があることも実際上確認した上で作成されますので、その有効性が争われる可能性は(ゼロではありませんが)非常に低いといえます。
◎ 遺言書の「正本」と「謄本(写し)」は本人に交付されますが、もしこれらを紛失したり、誰かに破棄されてしまっても、遺言者が120歳になる年まで、公証役場に「原本」が厳重に保存されていますので、再度、公証役場に遺言書「正本」の発行をしてもらうことができます。
また、被相続人(故人)が公正証書遺言を作成しているかが不明であっても、相続人等は、公証役場で作成の有無を検索してもらうことが可能です(全国統一でデータベース化されています)。
◎ 公正証書遺言は、自筆証書遺言と異なり、偽造・変造のおそれがないため、「検認」の手続は必要ありません。
言うまでもなく、遺言は人生の締めくくりの、とても大切な法律行為ですので、万が一にも遺言が無効となってしまったり、遺言内容が十分に練られていないために親族間で紛争を招いてしまったりしないよう、自筆証書遺言、公証証書遺言のいずれを作成されるにしても、私たち弁護士などの専門家に事前に相談されることをお勧めいたします。
弁護士 中村正彦
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