クレーマー患者に対する診療拒否・退院要請の注意点

原聡彦

原聡彦

テーマ:医療経営の処方箋

先日、有床診療所の整形外科を運営している院長より「クレーマー患者に対する診療拒否・退院要請はできるのでしょうか?」という相談を頂きました。今回はクレーマー患者に対する診療拒否・退院要請の注意点(医師法第19条 応召義務違反との関係)について解説致します。
 
(1)ポイント
 1.診療を拒否する正当な事由は①医療機関側の事情②患者側の事情③地域の事情を考慮に入れ「評価根拠  事実」と「評価障害事実」を比較して総合的に判断されます。過去の判例をみても医療機関には厳しい  判決が下っているので診療拒否の正当な事由については弁護士と相談のうえ決定して頂きたいと思いま  す。
 
 2.診療拒否・退院要請するにあたり、医療機関側は患者の意向をしっかり聴きとった上で診療拒否・退院  要請に至った経緯・理由を説明して理解を求めることが必要です。
 
(2)診療拒否の正当な事由の判断について
 医師法第19条第1項に「診療に従事する医師は診察治療の求めがあった場合には正当な事由がなければ、 これを拒んではならない。」と規定されています。この応招義務は医師の国に対する公法上の義務と解さ れ、このことから直ちに患者に対する民事上の責任を生ずるものではありませんが、医師、医療機関が正 当な事由なく診療を拒否し患者に悪しき結果(損害)が生じた場合、不法行為(民法709条)を理由に民 事上の損害賠償責任を負うことがあります。

 診療拒否に正当な事由があるか否かは下記の事項を考慮されます。
 ①医療機関側の事情
  医師の不在、他の重症患者を診療中であること、入院設備がないこと、病床が満床であること 等
 ②患者側の事情
  治療の緊急性、他の医療機関へのさらなる搬送の困難性など
 ③地域の事情
  近くに別の受入施設があるかなど

上記の①~③を考慮することと裁判では診療評価根拠事実と評価障害事実と比較して判断されます。

(3)クレーマーに対する診療拒否の正当事由の判断について
 診療拒否の正当事由の判断の要素となる評価根拠事実と評価障害事実について下記に解説します。

■評価根拠事実
 評価根拠事実とは規範的要件を基礎付ける具体的事実(権利根拠事実)をいいます。
 権利の発生を主張する者は、権利の発生要件を規定した法条(権利根拠規定)に該当する要件事実(権利 根拠事実)について主張・立証責任があります。

■評価障害事実
 評価障害事実とは規範的要件を否定する具体的事実をいいます。裁判では評価根拠事実と評価障害事実と 比較して判断されます。下記の例の場合、評価障害事実の「重病である。急を要する。」というところの 重さを判断され、診療拒否の正当な事由にならない可能性があります。

(4)診療拒否に正当な事由があるか否か裁判例
 診療拒否に関する代表的な裁判例として神戸地裁平成4年6月30日判決があります。
 このケースは、交通事故により受傷した患者が脳外科及び整形外科の専門医が不在という理由から第三次 救急医療機関でもある地域の基幹病院に診療を拒否され隣接の市の病院に運ばれたが翌日に死亡したこと について、患者の遺族らが地域の基幹病院の診療拒否が不法行為に当たるとしてその基幹病院の開設者に 対して損害賠償を請求したものです。判決は第三次救急を担う地域の基幹病院の診療拒否に正当事由がな いとして、開設者に不法行為責任を認めました。正当な事由による診療拒否を検討する場合は弁護士と相 談のうえ決定してください。また、診療拒否、退院要請については応召義務違反で争う前に該当する患  者、家族の意向を聴き取ったうえで、それに至った経緯を説明し納得して頂く事が重要です。意を尽くし 説明しても患者・家族の協力が得られない場合は転院も視野に入れて対応することをお勧めいたします。

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原聡彦
専門家

原聡彦(医業経営コンサルタント)

合同会社 MASパートナーズ

院外事務長(事務長代行)、院長夫人コーチング、医療法人運営サポート、医院開業支援など、院長先生の経営のブレーンとして財務と人事の面から健全経営を継続できる環境づくりをサポートいたします。

原聡彦プロは朝日新聞が厳正なる審査をした登録専門家です

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