不倫保険?
ちょっと、今日はユーチューブから、薀蓄を言いたいと思います。
ラジオ番組、多くのリスナーが泣いた「人生相談、神回」と銘打ってあります。
https://www.youtube.com/watch?v=iu9CW5feB0o&feature=youtu.be
要訳すると、友人の死に際し、力になれなかったと自分を責めている方からの相談です。
ここの中で、回答者が答えていたことが印象的で、夫婦の問題に通じるところがあると思いました。
つまり、身体を悪くして、最期を迎えるときに、真夜中に友人に電話を掛けて呼んだということは
その親友に最期に甘えたのだという部分でした。
だから、その親友は最期の形を悔いるのではなく、親でも兄弟でもない、親友に甘えが言える関係だったと言う事は、幸せだという結論です。
だから、そういう幸せな関係でいた相談者自身も自分を責める必要はないという慰めを言われ、相談者も、立ち直れるというところまで行きました。
亡くなったその人は 夜中に友人を呼び、タクシーで駆けつけてくれた。
その人の好きなタバコの銘柄も聞かなくても分るように、そのタバコも持って行ったということは、
お互いに、お互いが心の中で繋がっていたと言う事です。
これをうがった見方をすると、もしかしたら夜中だから相談者である友人は来ないかもしれないのです。
それなのに、無遠慮とまでは言わないまでも、来てもらいたかったのです。
夜中に電話で呼び出して、試すことにもなりかねないという、曲がった見方をする事も出来ますが
実際、そうして甘える事が出来ることは素晴らしいと思います。
我々は、夫婦においても、伴侶に我がままを言うときがあります。
それは、相手を試すと言う事ではなく、無遠慮に我がままを言える関係を確かめるが如く、妻が夫に我がままを言う事が、まるで愛情のバロメーターのように、無意識かもしれませんが、無理難題をいうことがあります。
これは、夫が妻を「愛してくれて当然」というように、どれだけ言っても嫌われないという甘えなのです。これは付き合っている時代や新婚時代のように、多少の我がままがスパイスになる時代は、何を言っても可愛いものですが、結婚して数年して夫婦の関係も、ギクシャクしている中でさらに相手の愛情を試すかの如くの我がままは、もっと溝を広げてしまうことになります。
何がいいたいか、というと、夫とコミュニケーションがとり難くなったら、今度は家族という役割分担で、夫と共同作業をしようとばかりに、家事分担等で妻が夫を縛ろうとします。
つまり柔和な関係性が築けないから、今度は管理体制という上から姿勢でそのギクシャク加減を誤魔化すのです。
実際に我がままを言える関係ならいいのですが、それが言えない関係だから、無理を告げ、どこまで妻を許せるのかという秤にかけているようなものなのです。
少しのわがままは、可愛いもの。
でも、相手の愛情を試すことに使うのは、夫婦の間ではやめておいたほうがよさそうです。
では今日はここまで。