浮気相手の排除についての考え方
浮気は治るか?繰り返すか?よく、浮気癖は一生治らないと言いますが本当でしょうか?
確かに 一度も浮気をしたことがない人はいます。
特に女性と言うか 妻は浮気をしたことがない人も多いので ある意味男性の専売特許のような部分は在りますが これはそもそも男性は狩りをして家族を食べさせるという種族性に基づくものですから
女性は「家庭を持っていながら浮気をするなんて考えられない、私だったらしないわ」と言うのですが
この私は 巣作り性の女性であり男性は 狩人性なので 真逆ですよね。
ですから このそもそも論になると、男と女は違うという事ですが だからと言って 許せるものでもなさそうです。
では、この浮気症というのが 治った人はいるかという事になると それは居ます。
例えば 夫が大病を患ったり、生死をさまようような事があれば そこから死生観のような物が変わり、家族の大切さや 家庭を大事にしなければ、という気づきがあります。
妻の憔悴しきった姿を見て 家庭生活も立ち行かなくなった時に ハタと気づき浮気に幕を下ろすという事を期待したいのですが 実は 浮気相手に夢中になっている時は 妻の事よりも 浮気相手の女性が 困ったり悩んだりしている方を助けたいと思うものなのです。
そういう意味で浮気に翻弄されている時は 家族の大切さを説いたり、妻の嘆きを見せても、夫の目線は そこにはありませんし 聞く耳を持たないのです。
では どうすればいいか、というと 浮気とひとことに言ってもその「時期」というタイミングが一番大切です。
例えば火事に例えると ボヤの小さな火の場合は バケツの水で消せますが 大きく火が燃え盛っている時は消火器でも消せません。
つまり浮気を止めさせるには その時期が一番大事なのです。
しかし 妻は何か 不穏な動きを感じても 「まさか うちの夫に限って」とか「しばらく大騒ぎしないで様子を見よう」という事で 見て見ぬふりをします。
どういう訳か 昔から夫の浮気を見つけても 妻は大騒ぎせずに どしっと構えていたら 夫は戻ってくるという事を言いますが これは本当にそうでしょうか?
私の所に相談に来られる方の例を見ると、放っておいて自然に解決したと言う例は 殆どありません。
むしろその放置が 不倫のカップルに 時間を与え、絆を作らせ より一層 結びつきを強めさせた、という事ばかりです。
小さな ボヤのうちに 消しておけば、家は全焼しなくて済んだのに・・・・と思う事ばかりです。
では浮気を発見して 火消しをするのはいつがいいのでしょうか?
これはもうお分かりですよね。
しかし 火消しは早い方がいいという本当の理由は 早期発見という事よりも 男女の浮気のメカニズムにあります。
まず 浮気を始めると(当たり前のように言っていますが 基本、これはいけない事です)ある感情が生まれます。
これが罪悪感と言う物です。
でも同じ浮気をするにしても 男性と女性とでは理由が違います。
先にも書きました、男性の浮気は 妻が居ても複数を一度に愛する事が可能なのに比べ 女性は一度に複数は愛せません。その意味から妻の浮気は夫が妻を悩ましていたりすると 妻の浮気は夫への失望と言う立派な理由があるのです。
ですから 夫の浮気は罪悪感があるのに比べ 妻の浮気はむしろその原因を作った夫が悪い、という理由で罪悪感はありません。
ここが 浮気を止めさせるポイントになります。
人は悪い事をしながら 同時に罪悪感も併せ持ちます。
しかし その悪い事がまかり通ってしまうと 「何だ、大したことないじゃないか」とハードルをいとも簡単に越えられると 罪の意識は消えます。
まだ、罪の意識がある内に 反省を促したりすると まともなルートへ引き戻せるのですが 完全に道を外してしまうと 罪悪感どころか 意見をする者に対しては単なる 行く手を阻む妨害者にしかなりません。ですから 本当に浮気を止めさせたいなら 初めに予感した時期に きちんと釘をさしておくべきです。
この 罪悪感のある内に対処することが必要です。
しかも それは 問い詰めるのではなく、それこそ 平和的会話で 釘を刺さなければなりませんが
同じ事でも時期をもっと後に持ってくると 効果はもっと無くなります。
つまり罪悪感が無くなれば 横着になります。鉄は熱いうちに打て、です。
浮気も落ち着いてしまうと鉄が冷めて堅くなるように、少々叩いても堪えません。
ここを注意して あまり自己判断で進めるのではなく、出来れば早い目にお越し頂く事が何よりも浮気を止めさせる秘訣です。
放置して、見て見ぬふりをして、話し合いという問い詰めをしたり、ごちゃごちゃにこじれさせた後で
「どうしましょう」では自分で自分の道を狭めています。
本当に大事な事は タイミング。しかも時期は早ければ早い方がいい。
今日の教訓は 時期を何より大切にしましょう、という事でした。
では、また。