もし、あのとき別の選択をしていたら?

磨かれなければダイヤモンドにはならない。
仕事を仕組化して自由に生きる。
一見素晴らしいことに思えるが、これを
徹底的に突きつけていくと実は残念な
末路が待っていることがある。
好きなときに、好きなことを好きなだけ
して生きる。
そんな順風満帆な人生を仮に運良く送れた
としよう。
ところがだ、いずれあることに気がつく
時がくる。
それは、 自分自身の内側に人間的な深み
、仕事の厚み、人生の奥行き、それらが
ないことに。
自由に生きるとは確かに聞こえはいい。
しかし、ややもするとイヤなことを避けて、
好きなことしかしない人生になってしまう。
それでは人間的な魅力が磨かれる機会も
なければ、その場所もない。
従って、人の心を打つようなストーリーが
生まれようがないだろう。
つまり、面倒なことを避けるから、心が
練られることもない。
苦悩や葛藤がないから、人の気持ちも
分からない。
人と深く関わらないから、ドラマが生まれ
ない。
挑戦と挫折がないから、苦難を乗り越えた
成功体験もない。
それは、まるで磨かれることのないダイヤ
モンドの原石の状態と同じだ。
むしろ、好き放題自由に生きるほど表面的な
薄っぺらい人生になってしまうのではないか?
大事なのは、生き様の美しさや仕事の美学
ではないのか?
苦労を苦労とせず、困難や試練を越えてきた
物語(ストーリー)ぶつかることを恐れず、
本音で向き合って生まれた絆、みんなで力を
合わせて乗り越えた思い出に残る仕事。
それこそが人の心を動かし、共感を得ることが
できるのではないだろうか。
そのような美しい生き方と働き方を選び続けて
いる人は何があろうともいつか必ず人間的な
深みによって、幸せが増していくのではない
だろうか。
仕事の厚みから豊かさが生まれ、人生の奥行き
から輝きが放たれると思うのだ。



