塾長の考え(上杉謙信 家訓16箇条)

中学生の時の結果は、
小学生の時に原因がある。
それは成績だけではない。
学習習慣もそうだが、
ものの考え方も見方もだ。
小学生のときの子育てで、
気を付けなければいけないのが、
しつけと強制を混同することだ。
しつけは誰がするのか?
それは親(ほぼ母親)。
小学校の先生は、
あくまでも補助である。
「しつけ」はわが子のために、
するものであって、
親のコントロール欲から、
やるべきではない。
子どもは非力な存在であり、
親の言うことを聞かなければ、
生きていけない。
だから、
自分の要求が通らなくても、
我慢する。
その要求の種類が問題であり、
わがままな要求は、
通用しないことを、
親がしつけとして教えなければ、
いけない。
しかし、
知的好奇心から来る、
探求心からの要求の場合、
それに付き合うことができるか、
それは親の器量次第だ。
このとき親の教養が問われる。
実は「子育て」には、
親の学び直しの側面があり、
親の「再体験」的要素もある。
自分が子どもの時には、
まったく見えていなかったこと。
それをわが子の体験とともに、
再認識や追体験ができる。
これにより、
親は子どもと共に成長する。
親もわが子と共に進化するのだ。
だから、
教育は共育と言われるわけだ。
これは塾講師にもあてはまる。
私が小学生や中学生、
高校生や予備校生から、
教えられたことは多い。
なにせ、
自分の視点とはまるで違う、
「そんな見方があるのか」
「そんな考え方があるのか」
「そんな感じ方があるのか」
と毎回今でも思わされることは、
多い。
こちらが人生の先輩者であり、
塾の先生であるからといって、
何でもわかっているわけではない。
そのことを、
何万回体験してきたかわからない。
大学生時代の4年間。
毎日のように塾講師のバイト、
大学卒業と同時に塾を立ち上げ、
トータルで言えば、
今年で塾講師として38年目。
塾長として34年目だ。
先日読んだある本の著者が、
「私は生徒と1万時間以上、
向き合ってきたのです」
「だからわかるのです!」
と主張していたのを読んで、
「あれ、自分は…どうだろう」
と思ったので計算してみると、
塾講師のバイトの時代を除いて、
「7万時間以上」
生徒と向き合ってきたことが、
わかった。
おそらくだが、
食材に賞味期限があるように、
私の場合も、
「10万時間」を超えたあたりで、
引退するのだろうと思う。
間違いなく今が絶頂期だと、
自負はしているが、
いつまでもできるほど、
塾長業は甘い仕事ではない。
引退はいずれする。


