塾長の考え(写真撮影)【中編】

中学生の時の結果は、
小学生の時に原因がある。
それは成績だけではない。
学習習慣もそうだが、
ものの考え方も見方もだ。
小学生のときの子育てで、
気を付けなければいけないのが、
しつけと強制を混同することだ。
しつけは誰がするのか?
それは親(ほぼ母親)。
小学校の先生は、
あくまでも補助である。
「しつけ」はわが子のために、
するものであって、
親のコントロール欲から、
やるべきではない。
子どもは非力な存在であり、
親の言うことを聞かなければ、
生きていけない。
だから、
自分の要求が通らなくても、
我慢する。
その要求の種類が問題であり、
わがままな要求は、
通用しないことを、
親がしつけとして教えなければ、
いけない。
しかし、
知的好奇心から来る、
探求心からの要求の場合、
それに付き合うことができるか、
それは親の器量次第だ。
このとき親の教養が問われる。
実は「子育て」には、
親の学び直しの側面があり、
親の「再体験」的要素もある。
自分が子どもの時には、
まったく見えていなかったこと。
それをわが子の体験とともに、
再認識や追体験ができる。
これにより、
親は子どもと共に成長する。
親もわが子と共に進化するのだ。
だから、
教育は共育と言われるわけだ。
これは塾講師にもあてはまる。
私が小学生や中学生、
高校生や予備校生から、
教えられたことは多い。
なにせ、
自分の視点とはまるで違う、
「そんな見方があるのか」
「そんな考え方があるのか」
「そんな感じ方があるのか」
と毎回今でも思わされることは、
多い。
こちらが人生の先輩者であり、
塾の先生であるからといって、
何でもわかっているわけではない。
そのことを、
何万回体験してきたかわからない。
大学生時代の4年間。
毎日のように塾講師のバイト、
大学卒業と同時に塾を立ち上げ、
トータルで言えば、
今年で塾講師として38年目。
塾長として34年目だ。
先日読んだある本の著者が、
「私は生徒と1万時間以上、
向き合ってきたのです」
「だからわかるのです!」
と主張していたのを読んで、
「あれ、自分は…どうだろう」
と思ったので計算してみると、
塾講師のバイトの時代を除いて、
「7万時間以上」
生徒と向き合ってきたことが、
わかった。
おそらくだが、
食材に賞味期限があるように、
私の場合も、
「10万時間」を超えたあたりで、
引退するのだろうと思う。
間違いなく今が絶頂期だと、
自負はしているが、
いつまでもできるほど、
塾長業は甘い仕事ではない。
引退はいずれする。


