塾長の考え(上杉謙信 家訓16箇条)

昨日は日曜日。
例のごとく、Sくんである。
土曜日は塾に来て黙々と勉強した。
が、
日曜日になると…、
彼のいる場所は「塾」ではない。
彼がいる場所は「自宅」である。
ここがポイントだ。
Sくんは素直なところがあり、
「ここをやるといいよ」
と言えば「はい」と答える。
そして、実行する。
だがこれは「塾」にいるときの話。
自宅に帰るとやりたい放題。
昨日(日曜日)は朝方4時30分まで、
ゲームをしていたらしい。
つまり自宅に戻った瞬間に「我(われ)」に返る。
自分の欲望のままに動く。
なぜならそれが、
「気持ちいい!」
からだ。
「気持ちいい」からやりたい、
止まらない。
「楽しい」からやりたい、
止まらない。
お母さんが途中で心配して声をかけたが、
「わかったが!」
と言ってそのままゲームをしたそうだ。
そして今日。
当然だが睡眠不足できつい。
そこで、
担当講師がしばらく休ませてあげた。
眠くて勉強できないから。
なぜ「塾」では努力できる生徒でも、
「自宅」ではやりたい放題なのか?
答えはカンタン。
「塾」には私(塾長)が存在していて、
「自宅」には母親だけが存在しているからだ。
男の子は中学生や高校生になると、
母親の言うことはたいてい聞かない。
そこで父親の出番となるのだが、
父親が仕事で忙しすぎたり、
出張していたりすれば、
タイミングよく息子に向かい合うことが、
できない。
そうなると、
体格的にも体力的にも勝る男の子は、
母親に「対抗」できるというわけだ。
「勝てる」と思っているから。
じつはSくんはお母さんに対して、
勝てるとか勝てないとか、
おそらくそんなことは思っていない。
根が優しい子だからだ。
そこにあるのはただ、
「ゲームがしたい!」
「楽しい!」
「気持ちがいい!」
という快楽だけだ。
ということで、
今日は彼に1時間程度(もっとかな…)、
話をすることになった。
本来これは父親の役目だが。
こちらが彼を預かっている時間帯は、
こちらが管理者であり監督者であり、
責任者であるから、
指導をする。
結局はこれが難しいからこそ、
「塾に自習に来いよ」(塾関係者)
というささやきが有効となり、
それを「売り」にする塾が出てくる。
そして、
「塾に(自習できるなら)行きなさい!」
とわが子を塾に追い出す母親が誕生する。
これは、
問題の本質から目を背ける母親と、
それを利用して生徒を、
塾依存にしようとする塾側の、
共同作業だ。
それでわが子の「自立心」は、
本当に育めるのだろうか?
(続く)


