塾長の考え(2025共通テストに向けて)①

先ごろ用事があり東京に行った。
全国からいくつか「塾」が集まり、
それぞれの塾の良いところを学ぶ。
そういう趣旨の会合だった。
たしかにどこの塾も、
塾長が熱心であり、
指導にもさまざまな工夫をしている。
そこに通っている生徒は、
「この塾に来てよかった」
と思っているだろう。
一応それでいい。
だが中身はと言えば、
「成功事例」のほとんどが、
小学生や中学生のケースである。
小学生や中学生に対する個別指導を、
「軽視する」必要はない。
だが、
高校生の指導の精度が高くないと、
結局、生徒は「妥協する」ことになる。
宮崎県宮崎市で言えば、
県立大宮高校普通科に合格する。
これが大多数の中学生や、
その親御さんが、
「良し!」
とする目標だ。
しかし、半年もすれば?
その合格の感動はどこかに、
消し飛んでしまい、
失望している生徒が、
次から次へと誕生する。
あるいは、
宮崎県のトップ層が集まる、
他の高校のトップ学科。
そこの生徒ならばどうか?
同じことが起きている。
それが毎年恒例の状態。
進学校(高校)に行く理由は?
その先の大きな目標があるからだろう。
それは何か?
言うまでもない。
「大学受験」である。
何度も今まで言ってきたが、
高校受験の合格に、
大した価値はない。
人生の「決定打」にはならない。
だが、大学受験は違う。
社会に出てからの、
「わが子の人生」に大きく影響する。
つまり、「決定打」だ。
何の業界に進むのか、
何の仕事に就くのか、
大学生時代の人脈はどうか?
モラトリアム的要素のある期間だが、
どこの大学で過ごしたかは、
その生徒の人生観に大きな影響がある。
人は「人生観」によって行動する。
その人生観がどこの何という大学で、
醸成されたのか。
その影響力のすさまじさを考慮すれば、
「高校受験合格」は大したことでない。
大学卒業後に、
大企業に就職すれば「勝ち組!」。
そう勘違いして、
30代でリストラにあったり、
転職する羽目になる。
それが本人の望むところであり、
人生計画の一部であればいいが、
「強制的にそうなる者」が、かなりいる。
そうなった理由は何か?
「能力不足」が1番だ。
自己の能力の磨き方が甘かったせいで、
高校生時代に「何も考えずに」過ごした、
そのせいで、そうなる。
「塾に行けばいいじゃん!」
という問題ではない。
(勉強の)「やり方」ではなく、
(生徒自身の)「あり方」の問題。
自分が何のために勉強するのか。
自分が将来どうなりたいのか。
そこが抜けたまま、
惰性で生きている。


