数字が苦手だからこそ見えるものがある——現場と経営をつなぐ感性 (継ぐ人のための、数字と向き合う経営ノート:第11回)

「試算表はリアルタイムで出るようになったのに、その数字から会社の実態が見えてこない」。最近、こうした声を経営者の方からよく聞くようになりました。
AIやクラウド会計の進化で、経理の景色はここ数年で大きく変わりました。今日はその変化を前向きに受け止めたうえで、AI時代にこそ会社側が準備しておきたいことを、現場で20年近く数字と向き合ってきた立場からお伝えしてまいります。
経理AI化で、会計事務所の役割が変わる
経理の世界では、記帳や資料づくりの自動化が急速に進んでいます。クラウド会計や自動仕訳、証憑の読み取り、銀行明細やカード明細の自動連携によって、これまで時間のかかっていた記帳代行や入力作業が大きく効率化されています。
その結果、税理士・会計事務所の側では、少人数でも多くの顧問先を支援しやすくなり、試算表の作成も早まっています。経営分析レポートや資金繰り資料といった、顧問先への支援内容も高度化・充実していく流れが生まれています。
つまり経理は、これまでの「入力する仕事」から、「確認し、判断する仕事」へと移っていく。会計事務所にとっては、処理業務が効率化されるぶん、経営助言や資金繰り支援、月次報告、経営分析といった付加価値の高い仕事に時間を使いやすくなります。これは、とても前向きな変化だと受け止めています。
AIは、整ったデータがあってこそ力を発揮する
ただ、ここで一つ、現場で強く感じていることがあります。AIや自動化の精度は、もとになるデータの質に大きく左右されるということです。
これは感覚的な話ではありません。公的機関の資料でも、AIにとってデータは基盤であり、質の高いデータとは正確かつ最新で、抜け漏れやバイアスのないものだとされています。そうしたデータをもとにしてこそ、AIから正確な答えを得やすくなります(出典:情報処理推進機構〈IPA〉「AIのためのデータ環境整備」 https://www.ipa.go.jp/digital/ai/data.html)。
逆に言えば、渡すデータが会社の実態とズレていれば、どれだけ優れたAIでも、出てくる数字はズレてしまうのです。
会計事務所側の処理能力が上がるほど、顧問先である会社側が渡す資料やデータの質が、これまで以上に問われるようになっている。この点を、日々の支援のなかで痛感しています。
私はかつて、広島で創業100年以上の老舗酒問屋の4代目として経営に携わり、待ったなしの資金繰りに追われた時期がありました。あのころ痛いほど分かったのは、資金繰りが苦しくなると、「今いくらお金があるのか」「今月末の見通しはどうか」という、いちばん大事な数字が見えなくなるということです。数字が実態とズレたまま積み上がると、判断そのものができなくなる、その怖さを経験しているからこそ、データの質にこだわるのです。
AIは「優秀な新入社員」、会社の実態を教える必要がある
先日参加したセミナーで、AIを「優秀な新入社員」にたとえる話がありました。これはとても分かりやすい表現だと思います。
AIはたしかに優秀で、処理も速く、質問すればもっともらしい答えを返してくれます。しかし、どれだけ優秀な新入社員でも、会社のルールや実態を教えなければ正しい仕事はできません。どの売上がどの入金につながるのか、どの支払いがどの仕入れに関係するのか、どの在庫が売れ筋でどれが滞留しているのか。こうした前提を教えないままAIに任せると、表面はきれいでも実態とは違う資料ができあがってしまいます。
特に家族経営や小規模の会社では、社長、ご家族、経理担当、現場担当の間で、お金の動きが経験則や口頭で処理されていることが少なくありません。「社長だけが知っている入金予定」「経理担当だけが覚えている支払日」「現場の人だけが分かっている在庫の実態」など、誰かの頭の中や紙にある情報を、会社として共有できる形にしていくことができて初めて、クラウド会計やAIが力を発揮し始めるのです。
これは決して、丸ごと預けていることがよくない、という話ではありません。むしろ多くの会社は、限られた人手のなかで精いっぱい経理を回してこられました。ただ、AIや自動化という強力な道具が手に入ったからこそ、その道具に「会社の実態」というお手本をきちんと渡してあげる。そのひと手間が、これまで以上に効いてくる時代になった、ということなのです。
整えられる会社が、早く正確な判断を下せる
これからも経理・会計のAI化、自動化はさらに進んでいくでしょう。記帳代行や入力業務はますます効率化され、試算表の早期作成、経営分析レポートの自動作成、資金繰り予測なども一般化していくと考えています。
そうなると、中小企業の側には「データをどう整えて渡すか」という新しい課題が出てきます。経理をまるごと預ける時代から、会社側も最低限の資料整理、データ整理、そして現場のお金の流れの把握が求められる時代へと変わっていくはずです。
大切なのは、AIやクラウド会計を導入すること自体ではありません。会社のお金の動きが、現場から経理、会計事務所、そして経営判断までひとつながりになることです。データが実態に即して整理されて初めて、数字は「経営判断に使える情報」になります。
これからは、単にAIを入れた会社ではなく、AIに渡す前のデータを整えられる会社こそが、より早く正確な経営判断を下せるようになる。これが本記事の結論です。
長く大切にしてきたのは、「決算書を説明する」のではなく「決算書で現場の様子を伝える」という姿勢です。売上が前月比110%になったとき、それが順調の証なのか、それとも在庫が膨らんだ前兆なのかは、現場を知らなければ判断できません。
数字を正確に作ることは会計の専門家の役割ですが、AIが普及するほど、その数字を現場の実態と結びつけ、経営判断に生かせる形で整える「現場と会計をつなぐ視点」の重要性は、これからさらに高まると感じています。
整ったデータと、それを読み解く対話。この両輪があってこそ、数字は経営者にとって心強い味方になるのだと思います。
まとめ
AIは、整ったデータをもとにしてこそ力を発揮します。試算表が早く出る時代だからこそ、その前提となる資料の整え方が、これまで以上に会社の力になるはずです。


