「心地よい刺激と楽しい運動」が「子育て」8
「脳の可塑性」は「心地よい刺激と楽しい運動」が必須条件です。
この子育て論をもっと積極的に日常の子育てにアプローチしてみましょう。
皆さんでしたら、どのような「心地よい刺激と楽しい運動」という子育てをしてくださるのでしょうか。
今回からのコラムは、以前に紹介した子どもの心身の発達に「心地よい刺激と楽しい運動」をどう加えていただけるかという視点で子育てを考えてみましょう。
その答えは一つではなく、皆様方なりにあります。
子育てに迷ったときは、その子育てが「心地よい刺激と楽しい運動」に適応しているかどうか考えてみましょう。
また、「その子の内側の体験の世界」とは、全ての子どもは同じではありません。ましてや兄弟姉妹でも違います。
全ての子どもさんにはいろいろな特性があります。あって人間なのです。
わが子が神経発達症であるかどうかということではなく、また、それが何だかんだではなく、わが子を理解し、「心地よい刺激と楽しい運動」を加えてあげることが重要なのです。
この子育ては、胎児から始まります。
それは、その子に「楽しく心地よい刺激と運動」を与えることなのです。
胎児や乳児、幼児(3歳児まで)は「心地よい刺激」です。幼児(4歳以上)以上は「楽しい運動」です。4歳以上の幼児には「心地良い刺激」は並行して内在します。
これが、私の研究における、育児方法であり、「子どもの心身の発達」及び「子どもの心身の伸びしろ値の向上」です。
この取り組みは、すべて脳科学を基にするものです。
また、テニス指導においても同様です。よって、テニス指導においては、他のスポーツ指導者とはすべて異なるものです。
また、この画期的な指導法は「脳を育てること」につながるものです。
「楽しく、心地よい」身体運動と刺激が、脳をつくるは、別にしてコラム掲載しています。
また、脳をつくることが「子育て」ですと、別にしてコラム掲載しています。
どれもこれも、子育てにつながり、またその子の特性を理解しながら、社会へとつなげていけるのです。
「脳を育てること」が「子育て」ですので、皆様ももう一度、最新の脳科学における「運動と脳」の新常識をご理解ください。
前に解説していることを再度述べるかもしれませんが、子育ての皆様が「子どもの脳のことを理解しながら、「子育て」をこれからもお願いいたします。
ご注意申し上げますが、脳というと大人の皆様方は「知識脳」つまり「暗記脳」と早合点しますが、「知識脳」ではありません。
お分かりにならないとは思うますが、子育てに積極的に使うのは「運動脳」です。
運動脳から積極的に身体へアプローチしていくのが「子育て」です。
もう一つ大事なのは、「運動脳」は「心地よく楽しい運動」に積極的にアクセスすることです。決して、勝ち負けの「運動脳」を使ってはいけません。失敗しようが負けようが、日々「自分の伸びしろ値」を向上させる「運動脳」を使うことが大切なのです。
子育てにとても重要なことを述べました。
子育ての支援をもう一度掲載します。
皆様方であれば、どのような「心地よい刺激」や「楽しい運動」を子どもへ提供していただけるのでしょうか?
「心地よい刺激」は、養育者が積極的にかかわることが重要です。
「楽しい運動」は、この子には何が「楽しい運動」なのか見つけてあげることが重要です。
子育てが「脳を育てる」の解説の前に、「脳を育てる」には何が必要なのかを1から7まで説明しました。
次に本題の「子育ては脳を育てる」を解説します。
「子育ては脳を育てる」解説80
その子の内側の体験の世界3
「その子の内側の体験の世界」第3回目を解説します。
キーワードは、「その子を知る」「その子にはたらきかける」「その子を見守る」です。
また、今まで解説してきたことと重複するかもしれませんので、今までのコラムも再読していただければ幸いです。
その子を知る2
その子の「精神発達」をどうとらえるかですが、
私たちの「こころ」の仕組みは、個人の内側だけで成り立っているのではなく、その外の世界に社会的・共同的な広がりとつながりをもってはじめて成り立っています。
したがって、そのようなしくみができあがっていく発達のプロセスは、脳の神経組織がDNAのプロセスどおりに成熟を果たしていくだけの過程ではありません。
「こころ」がはらむ共同性・社会性を子どもが外から社会的に学習していく過程という面を深く備えているのです。
そのために、その社会における文化のあり方次第で、精神発達のあり方は多様なヴァリエーションをもつと考えられています。
時代や文化を超えて万古不易の精神発達はありえません。
したがって、時代や文化の差を超えて普遍的な発達論やその方法もあり得ないのです。
なので、子どもは本来こう育つという精神発達、いわゆる「正常発達」なるものがこの世に存在するわけではありません。
ふつう正常発達と呼ばれるものは、その時代と社会のなかで、そこでもっとも一般的な養育形態を通じて育った子どもたちをたくさん集めて平均をとれば、どんな発達のパターン(定型)が取り出せるかというものに過ぎません。
つまり、精神発達そのものに普遍的な決定版は存在しないのです。
とても大事な、たいせつな「あなた自身のわが子への子育て」が始まっています。
次回に続きます。


